蜘蛛
[蜘蛛](1/2)
 私、つい最近蜘蛛を見つけたんです。
 いきなりこんな話をされては、気分を害したでしょうか。
 すみません。本当にすみません。
 家の二階の私の部屋の天井の角の暗がりに、小さな、とっても小さな巣を張っていたんです。
 綺麗な蜘蛛でした。朱色の腹に黒色の手足。てらてらと光って漆工芸品を思わせました。同じ生き物でも、小汚い私とは大違いです。
 あんまりに綺麗なものですから私先程、巣をぐちゃぐちゃにして、其の蜘蛛を捕まえたんです。
 あの時の掌に、指先に絡み付く巣の粘ついた感触は今も忘れられません。
 私は体が小さいものですから、椅子を踏んづけて、頑張って爪先立ちをして大きく腕を振って巣を絡めとりました。
 綺麗な綺麗な愛しい蜘蛛は壁を這って逃げようとしました。皮肉な事です。普段生きる為に絡めて捕って逃げるを許さない美しい蜘蛛が、興味、いいえ憧れだけの私に捕まえられるのです。
 綺麗な気高い蜘蛛は私の手から逃れようと、惨めに肢体をくねらせます。
 常は強い者を屈辱の下に晒すのは其れはもう、何とも言えぬ快感でした。
 次第に私、蜘蛛を掌の内で弄ぶだけでは物足りなくなってしまい、握っていた掌を開いて蜘蛛を離したんです。
 蜘蛛はここぞとばかりに走ります。走って走って、私の服の中に逃げ込んだんです。
 袖口から入った蜘蛛は背中に回りました。しかし私は放って置いたんです。だって、気持ち良いのです。
 背中の敏感な所に蜘蛛の鉤爪が突き刺さって、身体中が快感に打ち震えます。びくんびくんと体が波うって、蜘蛛の愛撫に応えるのです。
「うう、ああん、あうっ……」
 私はあられもない淫らな喘ぎを強制させられました。恥ずかしいものです。
 すると蜘蛛は何を思ったか、背骨の線を伝ってするすると下に降りてきました。私恥ずかしながら、背骨の線は弱いので、剰りに気持ち良いものですから激しく悶えて仰向けに倒れてしまいました。
 背中を思い切り床に打ち付けてしまったのです。
 しまった!
 そう思って、直ぐに体を起こして服を脱いで蜘蛛を出しました。
 潰してはいないかとはらはらしました。
 幸運な事に蜘蛛は生きていました。しかし、その姿は見るも無惨なものでした。もう私の愛する美しい蜘蛛ではなくなっていました。脚が左右交互に無くなっていました。あのしっかりとした早い歩みは不様極まりない鈍足になりました。

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