蜘蛛
[六](1/5)
 女王様の目の前の薄暗い明かりが透ける床に、蠢く影が一つ、二つ。
 くっついては離れ、激しく動いては鎮まり、粘着質に踊っております。
「ああん、……ああん、……ああん、……」
 女王様の耳を犯す様に、道化染みた無機質な声が響きます。穢らわしい声です。
 ただ無機質な声です。
「あーあー……はははははっ」
 女王様の肩は震えておりました。いえ、体が震えておりました。そしてか細い笑い声を発しておりました。
 漏れたか細い笑いと伴に小さな雫も零れました。頬を伝うと顎を流れ、汚ならしい布に染みを作ったのでありました。
 女王様は夜空を仰ぎ見ると、握った物にぐっと力入れ直しました。
「もう、堪えられません。堪えられませんっ」
 そう言ったかと思うと次の瞬間、だんと床を踏み鳴らし、先程迄の弱々しさなど微塵も在りません、勢い良く障子を開けるとばっと手の物を振り上げたので御座います。
 素晴らしいものです。
 女王様は二つの影の内、柔らかい方の持ち主に手にある物を刺したのです。
 獣の如く裸で這いつくばっていた其れの喉元に払い上げる様に刺された物は、一気に顎先迄切り開き、飛沫を上げて頭の後ろを貫いたのであります。
 その動きは一瞬であり、実に素晴らしいものでありました。
 刺された獣の如き者は、えっと声を少しばかり挙げると大きく反り返り、眼球を上にぐるりと回してどうと頭から倒れ込んだのでした。
「な、んだあ、おいっ……何だよこりゃあっ」
 もう一つの方が、男が、一瞬の静寂の後に叫びます。
「佳那子っ、貴様ぁ何をっ」
 女王様は突き刺した物を抜くと、今度は息絶えた者の頭を持ち上げると右頬から一直線に払い口を裂きました。其の次は両の目を突き刺し、其の次には耳を削いだのです。
 敷かれた布団にも、障子にも、天井にも、女王様にも赤い雫が迸ります。
 最後に脳天目掛けて大きく振りかぶった時です。
「この野郎、止めろっ」
 なんと、女王様をいきなりに蹴り上げたのです。
 女王様は顎を強かに打たれ仰向けで転げました。ごろりと一回転、勢い良く回ると、柱に背中をぶつけて蹲ります。
「ふざけやがって、紗綾、出て来いっ。後始末だ。此れを片付けろ」
 影の片割れは女王様に近付きかったるい声でそう言うと、女王様の頬を叩きました。
 べちりと鈍い音が鳴り響きます。

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