ケダモノの妻
[第十四章](1/9)
雨月と花衣が戦場に駆り出されたのは、それから十日後の事だった。
徐々に大規模になっていく炉斑との戦に、僅かにだが国民たちの不満も溜まりつつある。
戦が長引くほど最悪なものはない。
今まではなるべく事を穏便に済まそうと元帥ら上層部の軍人たちは試行錯誤して作戦を練っていたが、一年前の大戦を期に敵国との交渉は不可能だと確信した。
ついに炉斑への侵入を許可し、力での鎮圧に作戦変更した元帥たちだったが、彼らもようやく意図の見える攻撃を仕掛けてくるようになり、簡単にはこちらの思惑通りに事が進まないでいた。
その打開策として、成長した雨月を戦場に送り込むという案は満場一致で採用の声があがり、雨月の出陣の準備は滞りなく行われたのだった。
二十年以上大街から出たことの無かった雨月は、初めて見る自国の姿に終始驚きを隠せないまま、花衣たち精鋭部隊と戦場である炉斑との国境付近へ向かっていた。
道中ではいくつもの長閑(ノドカ)な集落を通り過ぎ穏やかな気分だった雨月だが、だんだん西側に近付けば、廃れた集落や焼け焦げた野原が目立つようになってくる。
一番最後に通り過ぎた村では、恐怖と不安と懇願の眼差しで自分たちを見つめる子供とその母親らしき女性に出会った。
なんとも言えないような、初めて経験する感情に内心戸惑っていた雨月。
気持ちの整理もつかないうちに、戦場付近の天幕に辿り着けば、先に到着していた双子の指揮官がこちらに駆け寄ってくるのが見える。
「戦況は?」
すぐさま愛馬から降り、険しい顔で花衣は二人に尋ねる。
「昨夜から、一時毎(一時間毎)に火矢による攻撃を受けている。今のところ死者は出ていないが、倉庫代わりに使っていた天幕が二つやられた。どうやら近くの高台から狙われているらしく、暗闇じゃ思うように動けなくてな。煙玉での応戦しか出来ない状態だった。」
普段のおちゃらけた雰囲気など全く感じさせず、冷静に戦況を伝える東雲に、雨月はただ黙って馬の上から見つめることしか出来なかった。
「そう。煙玉で目標である天幕と兵を狙い辛くしたのね。良い判断だったわ。最後尾に荷馬車が十台あるから、二台目の火矢筒と棒火矢を使って反撃してちょうだい。脅す程度でいいわ。その間に騎馬隊を敵に近付けさせて、敵地付近まで追い払ってみるわ。壁盾(1m以上の盾)はある?」
指示を出しながらも、花衣は朱夏が持って来た武具を取り付けていた。
「騎馬部隊と盾部隊は直ちに私と出陣よ。準備をしてちょうだい。」
そう言って、花衣は使い込んでいるせいか所々漆が剥がれている鉄の胸当てをつけ、幅の広い革の帯を腰に巻きつけている。
帯にはいくつもの剣帯が存在し、これまた朱夏が持って来た短剣を一つ残らず吊るしていった。
そのまま颯爽と愛馬に飛び乗れば、既に準備を整えた部隊が彼女の周りを囲んでいる。
「あれで出陣するつもりか…っ?」
花衣の単純すぎる武装に、雨月は無意識にそう呟いていた。
「そうです。」
しかし答えが返ってくるとは思わず、足元から聞こえてきた声に驚きながら、雨月は目線を下げる。
そこには、いつの間に近づいてきたのか、花衣の方を見ながら雨月の隣に立つ八雲がいた。
「首元や、手足はどうしている。まさか兜も被らないのか?」
「はい。本人曰く、あんまり武装すると重さで上手く動けないそうです。やはり彼女も女性ですので。」
「あの格好で今まで戦わせていたのか?あんな、本当に胸部しか隠れていない、背中ががら空きの胸当てでか?女だからこそ、武装は男以上にしっかりすべきだろう!」
雨月は信じられないといった風に声を上げたが、相変わらず落ち着いた声音で八雲は返事をする。
「花衣様の強い要望だったので。」
その答えに苛ついたように唸った雨月だったが、前方で花衣率いる騎馬部隊と盾部隊が進軍しているのに気付くと、馬の腹を蹴り後を追い始める。
背後で慌てて引き留める八雲の声が聞こえたが、雨月は振り返ることなく部隊の最後尾についた。
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