ケダモノの妻
[第七章](1/9)
花衣が出動してから三日が経った。
国は戦で大忙しだというのに雨月は今日も縁側に座って空を見ている。時折、物憂げにため息を吐く皇子に東南風と千草の心配は限度に達していた。
「雨月皇子…、どうしたんでしょうね。」
「さぁな…。何か悩み事があるのだろうか、ため息ばかりついておられる。」
雨月の背を見ながら少し離れたところで東南風と千草は声を潜めて話していた。
「なんとか力になってあげたいのですが……。」
そう言って千草は肩をガクッと落としてシュンとする。
「俺たちも今夜には城に向かわなければならない。今のうちに聞いておいた方がいいかもな。」
そう言って東南風はズカズカと雨月の元へ向かった。その後を千草が小さい歩幅でついてくる。
「雨月様。」
「おぅ、東南風か…。どうした?」
東南風の呼び掛けにハッとして振り返るとそう答えた。
やはりどこか心ここにあらずの雨月に東南風の心配は一層大きくなる。
「最近、雨月様の苦悩している姿をよく見るのでとても心配なのです。良ければ自分たちに話してくれないでしょうか?そうすれば少しは楽になるのではないかも思いますが。」
「そうだったのか、気を使わせて悪かったな。」
あの雨月が人を思いやる言葉をかけるなんて。
雨月の答えに二人は怪訝そうに顔を見合わせる。よっぽど酷い悩み事を抱えていたのだろうか。
雨月は東南風と千草の反応など気に求めず話を続けた。
「実は、最近気分が怠く感じる時が多くてな。何をやろうとしても集中力が続かない。それにだるいと思っていたら、急に鼓動が早くなったりするんだ。これが今まで感じた事もない苦しさなんだ。」
なんという重症なんだ。心配になった東南風は千草に再び視線を向ける。千草は了解したというようにコクリと頷くと雨月に尋ねた。
「それはどのような時に感じるのですか?」
「あぁ…。何故かは分からんが、あの女童のことを考えている時が一番多いな。………そう言えば最近無意識にあいつの事を考えてる時が多いな…。」
雨月の答えに二人は唖然とした。と、同時に吹き出しそうになるのを堪える。
当の本人は真面目に悩んでいるようで、それがまた一層東南風と千草の笑いのツボとなる。
「俺はまた厄介な病にかかったのか、千草?」
雨月の心配そうな表情に、千草は笑いのせいで痙攣し始めている口元をなんとか上に上がらないようにしながら早口で答える。
「それは恋の病というものですよ」
「恋…?」
「はい。誰かを好きになり大切に想う感情のことですよ。」
いち早く笑いが収まった東南風がそう答える。
「あの…書物で読んだことがあるあの恋か?俺が!?」
雨月はさぞ驚いたようで、大袈裟に身じろぎしながらそう言った。
途端に顔を真っ赤にして…。まるで初恋をしている少年のだようだ。
「なんで俺があいつのこと…」と、ブツブツ言いながら、雨月は右手で鼻から下を隠す。その行為がより一層花衣に恋心を募らせていることを証明していた。
なんでこっちはむさ苦しい男の照れ顔なんか見なきゃいけないんだ。奥方様の照れ顔の方が見ていてずっと可愛いし微笑ましい。見た事ないけど、さぞ可愛いのだろうな。
なんて、東南風と千草は心の中で自分の感情に戸惑っている雨月に毒を吐いた。
「でも良かったじゃないですか。皇子はすでに花衣様と結ばれている。あとは愛を育むだけですよ!」
すると千草が楽しそうにそう言った。
「育む?どうやって?」
千草の言葉に雨月は怪訝そうな顔をする。
すると、二人は待ってましたとばかりに乗り気で話し始めた。
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