ケダモノの妻
[第五章](1/9)



花衣は中央に敷かれた地図を睨みながら、あまり明かりが差し込んでこない暗い部屋で大人数の厳つい顔をした老人や初老と共に大将と中将の話を聞いていた。


城に招集されたのは二日前のことで、花衣は到着したその日の午後からこうして『会合の間』と呼ばれる会議専用の大部屋に缶詰状態で作戦を立てている。


参加者のほとんどが軍で上位の階級を持つ者で、花衣もこのような大きな会合に参加したのは久しぶりだった。
現在出張のため在席していない元帥の代理として花衣は参加していたが、現場は物々しい雰囲気である。


内容は北西に位置する隣国兼敵国でもある炉斑(ロハン)国の軍がここ数日妙な動きを見せていることについてだった。
現在炉斑とは休戦状態だったため、お互い国境近くには見張りの兵を置くこと以外大きな部隊を置くことを禁止していた。
しかし、ここ数日国境の目印でもある西の山脈辺りで炉斑の部隊が彷徨くのが発見されたのだった。


そして先程、伝令兵から山脈のどこに部隊を置いているのか明確な位置情報が伝えられたため、それを元に大将と中将が巨大な羊紙に書かれた地図に駒を置きながら説明していた。


しかし、説明が進めば進むほど敵国の軍がかなり兵を置いていることが分かった。このままでは、五日以内に攻め込まれてもおかしくないような状態だ。
抗議をしに行ってもその間にでも攻め込まれてしまう危険がある。
こちらも早急に部隊を送らないと、一気に先制を取られてしまう。


しかし突然の戦に何も準備をしていない農民たちから兵を集めるのは困難だろう。それ以前に食料や武器が足りなかった。
この悪条件の中で早急に戦の準備、作戦を決定しなければならない軍の上流階級の者たちは、皆徐々に苛つきと不満がたまり始めていた。


発言の際も敢えて刺々しい言葉使いで意見を言う者も出始めてきた。


そんな中、花衣の隣に座る十殻(トカラ)少将が静かに耳打ちをしてきた。
十殻は初老だが、花衣とはよく話が会い数少ない信頼を置いている人物でもある。



「お嬢はどう思いますか」
   


昔から花衣の事をお嬢と呼ぶのは、花衣が人妻になった今も変わらなかった。
  


「そうね。大将殿は長期戦を予想しているみたいだけど…。私は敢えて短期勝負で仕掛けた方が良いと思うわ。十殻様は?」



「私もどちらかというとお嬢と同じ考えなのですよ。今から兵を招集したり物資を集めるのには遅すぎる。きっと彼らは長引く戦に少しでも有利に立とうと精鋭部隊は後に投入しようと考えているだろうが…」



「今出すべきよ。彼らたちならある程度まで敵国を抑えられるはず。その間に十分に準備をして迎え撃てばいいと思うの。その方が焦って準備した部隊よりも勝率が上がるわ。」



花衣の意見に十殻もゆっくり頷いた。
そうして、発言権を求める動作をすると近くには置いてある先が半円になっている杖を手にした。


これで説明をしている間でもより分かりやすく説明をするために巨大な地図の上にある駒を移動させるのだ。




- 43 -

前n[*][#]次n
/222 n

⇒しおり挿入


⇒作品?レビュー
⇒モバスペ?Book?

[編集]

[←戻る]