ケダモノの妻
[第一章](1/7)



雨月が四日ぶりに姿を現したのは昼餉兼会議の真っ只中だった。


この日は、元帥と彼の側近としての役目も果たす花衣、そして上層部の人間を混じえて今後の国軍の制度を決める大事な会議だった。
会議も終盤になる頃、突然後方の障子が開き相変わらず仏頂面の雨月が現れた。そのまま、花衣の隣にある自分の席に着くと用意されてあった昼餉をガツガツと食べ始める。これには、花衣も含め全員が口を開けて固まった。一応昼餉の刻ではあるし、彼も上層部…というか最上層の人間だ、それ故この場に参加するのは決しておかしくはない。しかしずっと部屋に籠もりっきりだったため、皇子は屋敷の昼餉には参加しないものだと皆が思っていた。


それが、突然の登場だ。
元帥は目を見開き、貴族や武人たちは固まるだけ、花衣は内心呆れながら彼のことを見ていた。
驚きなのか戸惑いなのかいつまで経っても会議を進めない父に花衣は軽く目配せする。



「…あ、あぁ、ゴホンゴホン…」



それに気付いた元帥はわざとらしく咳を込みながら会議参加者の視線を集めた。



「えー、それでは、徴兵制に関しては以前同様に機能するという事に決定だ。兵の招集については後日私と大将らで検討したいと思う。では、これにて会議は終了する。皆の者、残りの昼餉を楽しんでくれたまえ。」



元帥の言葉には会場は一気にざわめき出す。皆思い思いに語り始めたのだろう。とりあえず、雨月の登場が大事に至らなくてよかった。と、内心安心する花衣だった。


「花衣、私はこの後所要で城に出向く事になっている。もし、予定が無ければ私と一緒に行くか?」



自分の斜め左前に座る父がそう聞いてきた。花衣は食べ物を飲み込むと、彼の方に向いて答えた。

  

「申し訳ありませんが、私はこの後二つの訓練が入っております。さすがに訓練を拔けることは出来ませんので、私は屋敷にいる事にします。」



「そうか。なら、部隊の指導に励みなさい。では、私はもう退散するよ。」



そう言って父は複数の使用人を呼んで会場を出て行った。
花衣もほぼ空になった昼餉を見て篝を呼ぶ。隣に座り昼餉を食べてる雨月に彼女は「それでは、失礼します。」と一言言うと篝と共に部屋を出た。


廊下に出ると会場の前で、どこか落ち着きなく待機する東南風の姿が見えた。東南風も花衣に気付いたのか、一礼すると彼女の方に近付いてきた。



「こんにちは、奥方様。雨月様はまだ中でしょうか。」



「えぇ、昼餉を食べてるわ。すごい勢いで。」



「そうですか、それはよかった。」



そう言って東南風は心底嬉しそうに微笑んだ。顔を傾けた瞬間左目にかかった前髪も一緒にサラサラと揺れる。


左目……?



「ちょっと待って、東南風さん。………あなた、目を怪我してるの?」



婚礼の式をあげた時までは右目にかかったいた前髪が、今は左目にかかっている。不思議に思っていると、前髪の間から幾重にも巻かれた包帯が姿を見せた。まだ少しだけ血が滲んでいる。
東南風はハッとしてそれを隠すように前髪を整えると困ったように笑った。



「ちょっとドジを踏んでしまいまして…。目の上を切ってしまったのです。大丈夫です。目はまだ見えますので。ご心配ありがとうございます。」



「そう、それなら良いわ。気をつけるのよ。…あ、では私はもう行かなければ。それでは。」



そう言って花衣は篝に急かされるようにしてその場を離れた。



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