LAST SHELTER


【記憶・4】 (1/1)






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宏明「なんで……ここに……」


ミカ「高校でさ……担任の先生と避難してたんだけど、私だけはぐれて避難し損ねちゃってさ……へへ(笑)ほら、私って方向音痴だから。」




妹、ミカのトレードマークである

その白く分厚いマスク。





宏明「こんな時まで、マスクつけてんだな。」


ミカ「うん。だって、この世界にどんな事が起きたって……私は私だもん。」


宏明「そっか……そうだよな……」





元々

ミカは産まれた時から酷い喘息持ちで

ハウスダストやPM2.5なんかで

咳が酷く続き

止まらない身体だ。


だから

ミカは毎日薬を飲みながら

生活のほとんどをマスクを付けて過ごしていた。


それを妹自身

リスクとは思わず

辛い顔すら見せることなく

前向きに明るく生きていたんだ。





ミカ「由実さんも……お兄ちゃんと一緒だったんだね。」


由実「ミカちゃん……久しぶり。」





元気のない由実の返事。


それでも

親しくしていた妹と会えて

少しだけ

ほんの少しだけ彼女の表情に笑顔が見える。




ミカ「なんか……大変な事になったね……。さすがの私も……すごく怖かったし……。あっ、でも……お兄ちゃんに会えてホッとしたよ。やっぱり……こんな時……家族に会えると……嬉しいんだね。」





妹の瞳からジワジワと溢れる涙が

ここまでの恐怖を物語っていた。


きっと

俺も同じ気持ちで

こんな変わり果てた世界でも

家族に会えて

一瞬でも落ち着けるこの空間に触れ

心地良さすら感じている。





宏明「ミカ……俺たちは由実と隼人の3人で安全な場所へ行く予定なんだ。だから……一緒に行かないか?」





家族……


大切な家族……


ずっと一緒にいた妹……





ミカ「ゴホッ……ゴホッ……!で、でも……パパやママは?携帯で連絡とれないけど……私はパパやママを探したい。」


宏明「親父や母さんは避難勧告が出た時は仕事中だっただろうし……きっと避難して大丈夫だと思う。それに、はぐれた俺たちの方が危ない。真っ暗になったら、それこそマジでヤバい。」


ミカ「でも……」


宏明「由実のお兄さんから、地図をもらったんだ。この地図に書かれてる場所まで行けば安全だって言ってた。だから、ミカも一緒に来いよ!!」





力強く右手を差し出す俺。





ミカ「でも!でも私は……パパやママを置いてけない!!」





首を横に振る妹の姿。





宏明「み、ミカ……」





そう……だよな。

ミカは小さな頃から

いつも両親を大事にしていた。


喘息だろうが

自分が辛い時だって

我慢して

我慢して

家族を優先する

そんな人間だった。


だから

こんな状況で

親父や母さんを探すって気持ちになるのは当然。




ミカ「お兄ちゃんにはさ……小さい時、いろいろ助けてもらったし……守ってくれた。だから、お兄ちゃんは由実さんたちと一緒に先に行ってて。今度は、私が助ける番だから。その地図を携帯で撮れば大丈夫。方向音痴でも行けるよ(笑)」





ミカ……




……………………………………………………………





それは

幼い過去の

何気ない日常の夜……



まだ俺が小学生低学年のガキで

妹のミカが保育園に通っていた頃。


両親が遅くまで仕事で

夜に2人で留守番をする事が多かった。


夜ごはんは作り置きしていた物を

電子レンジで毎回温めて食べ

8時には風呂に入り

早めに一つ布団で一緒に寝る。

それがお決まりだった。





宏明「早く寝ろよ。寝てないと母さんから怒られるから。」


ミカ「う、うん。おやすみ。」




正直

俺もまだまだ幼くて

年齢には合わないほど

お兄ちゃんらしくしなきゃって必死だった。


でも

そんな中でも

一番の恐怖だったのは

そう

ミカの酷い喘息だったんだ。









ミカ「ゴホッ!!ゴホッ!!ゴホッ!!」




寝静まった1時間後……

突然始まる

ミカの身体を激しく揺らすほどの咳。




宏明「ミカ!大丈夫?ミカ!!お兄ちゃんがいるからな!!」




どうしていいのか

どうしていいのか

わからなくて……


幼い頭では考えられなくて

ただ

ミカの背中を摩ることだけで

精一杯だった俺。




ミカ「ゴホッ!!ゴホッ!!ゴホッ!!」


宏明「止まれ!!止まれ!!止まれ!!!」





今思えば

両親がミカの喘息を軽視していた頃だから

咳が酷くなるのは当たり前だったんだ。


薬も無く

胸にはる咳を鎮めるテープすら無い。


だから

こうして

ミカが咳で苦しむと

決まって俺は

溢れる怒りを仕事で遅くなる両親に矛先が向いていた。




宏明「父さんと母さんのバカ!!早く帰ってきてよ!!!ミカが!!!ミカが死んじゃうだろ!!!ミカが!!!ミカが苦しんでるんだ!!!」




そう幼い俺が泣き叫ぶと



ミカは……

ミカは……

俺に優しく言葉をかけた。





ミカ「お兄ちゃん……そんな事……言っちゃダメだよ。ミカは……大丈夫。パパもママも……バカじゃないよ……。ミカたちの為に……お仕事……頑張ってるんだもん……。」





顔を真っ赤にして

笑顔を無理矢理つくり

俺を見つめるミカ……



その表情を見た俺は

言葉を失い

静かに

それは静かに

涙をたくさん流していた。





ミカ「大丈夫だよ……お兄ちゃん……。」





それが……


それが……


ミカという


誰にでも優しい


妹の姿だったんだ。











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