LAST SHELTER


●【記憶・2】 (1/1)






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俺はただ


たった一人の妹を救い出す為に


大事な任務から離れて


誰もいない閑散とした市街地の中


単独で自宅へとジープを走らせていた。





「待ってろよ!!!すぐに行くからな!!!」





この選択は規律に違反している事も十分わかっている。



だが


それでも俺には使命があるんだ。





俺たち家族は悲しい運命だった。


両親と祖父母は妹が修学旅行の最中に大きな震災に巻き込まれて突然亡くなり


残った家族は俺と妹の二人だけ。



その当時から自衛官をしていた俺は


心の傷を抑えながら


歳のはなれた妹を幸せにするために必死働いた。


真面目にずっと。



それでも自衛隊の寮暮らしだった俺は


妹を実家に一人残したまま


お金を送りながら時々会いに行くので精一杯だったんだ。


それはただの言い訳かもしれない。


次第に広がる妹との心の距離と確執。


心に大きな傷を負った妹には


孤独感が支配していた事も知っている。



それでも……


兄として


最後の家族として


やるべき事が俺にはあるから。





「由実!!!由実!!!」





赤く染まった空の下


俺はジープを自宅前に止めて


玄関から中に入ると


妹の由実の名前を必死に叫びながら探した。



そして


2階のトイレで


うずくまりながら泣いている由実を見つける。





「由実!!!ここにいたのか!!!早く避難するんだ!!!ここにいたら危ない!!!」


由実「何!!!もう私はいいの!!!私はママやパパの所に行く!!!お兄ちゃんが今更来たって変わらないもん!!!」





Jアラートは各地の自治体へと通達され,緊急避難命令を下している。


それは危機的状況だと国民に知らせる為。


ここだって危険地域に指定される可能性は十分にある。





「しっかりしろ!!!俺はお前の兄貴なんだぞ!!!無理矢理にでも連れていく!!!」


由実「い,嫌っ!!!放して!!!」





俺は力付くで妹をトイレから引き出し


暴れる妹の手を掴みながら


自宅の外へと連れ出した。



涙を流しながら嫌がる妹に


胸が痛いのも感じていた。


でも,どうやってでも連れていかなきゃならない。


それが兄貴としての使命だから。





由実「わ,私は行きたくない!!!ここにいるもん!!!ママとパパがいたこの家にいる!!!」





建て直された家は


空の赤さと同じ様に赤みを帯びて


俺の目には地獄の景色に映っていた。


それはもう


過去の記憶と傷跡だった。





「早く乗れって!!!わがまま言うな!!!お前が素直に乗らなきゃ避難できないだろ!!!」


由実「もうやだよ!!!私は……私はお兄ちゃんのおもちゃじゃない!!!私は自分で生きていける!!!」


「!!!」





その言葉を聞いて


俺は絶句し


掴んだ手がゆっくりと放れていった。





…………………………………………………





俺は自衛隊の仕事が休みの日は,毎回実家へと帰ってきていた。



そして


家に帰ると必ず妹とたわいのない会話をするのが日課だったんだ。


今考えれば仕事の辛さやストレスを解消する為だったのかもしれない。





由実「――……でもね。私はお兄ちゃんの事を自慢の家族って思ってるんだよ。普段はあんまり言わないけど。」


「お前は馬鹿か。俺はただの国の奴隷だよ。」


由実「じゃあ,私の奴隷でもあるわけだ(笑)奴隷じゃ可哀相だから召し使いにしてあげるね。」


「何言ってんだお前。呆れるわ(笑)」




そんな事を由実の部屋で話していると


母親の声が一階から聞こえてきた。





母親「由実〜!彼氏が玄関で待ってるわよー。」





あんなに小さかった由実にも彼氏がいるなんて


時が過ぎるのは早いな。





「ほら,お前の彼氏が玄関で待ってるって言ってるぞ。無駄口たたいてないで早く行ってこい。」


由実「はーい(笑)じゃあまた夜にね♪」


「あぁ。」





妹の笑顔を見れるだけで


本当に幸せだった。


仕事の辛さも忘れるぐらい……



この数日後に


あんな出来事が起きなければ


何も変わりはしなかったのに。





…………………………………………………





妹の言葉を聞いて


ガタガタと震える俺の体。


怒りや悲しみを超えて


自分自身の辛さが滲み出てくる様だった。





「お前……何でそんな事……。」


由実「私はママやパパが死んでからずっと一人だった!!!一人だったんだよ!!!」





幼い妹が持つ感情と心の傷。


癒してやるには準備も時間も足りなかった。


それはわかっていたはずなのに……





「俺はお前の為に!!!」





そう叫んだ時











宏明「ゆ,由実……。やっぱりまだ家にいたんだ。」





誰もいないはずの道路から


見覚えのある一人の男の子が現れていた。





由実「……ヒロくん!!!」





妹がそれを見た瞬間


泣きながら彼の元へと駆け寄っていく。


俺の目には由実の彼氏が映っていて


すでに選択を迫られていた。





宏明「お兄さん……ですよね?やっぱり今から避難するんですか?」





きっと


俺がいない間


辛い妹の傍にいてくれたんだな。





「あぁ。そのつもりだったが……」


由実「私は絶対にお兄ちゃんとは行かない!!!ヒロくんと一緒にいる!!!」





もうわかってるだろ?


どうすればいいのか……





宏明「何言ってんだよ!!由実のお兄さんは自衛隊なんだろ?一緒に行くべきだって!!!」


由実「嫌……。私は嫌……。」





しばらく沈黙が続き


サイレンがまだ鳴り響く中


俺はある選択をする。





【ウイルス兵器だろうが核兵器だろうが,危機的状況は変わらん。君達には迅速な行動が求められている。渡した地図は政府から極秘扱いで受け取ったもののコピーだ。ここへは一定の年齢以上しか入れない安全なシェルターへのルートが示されている。命令が下された時のみ必要になるだろう。】





上官から言われた言葉……



きっと避難できた所で


今後どうなるかなんてわからない。


なら……





「宏明くん……もういいんだ。」


宏明「で……でも。」





俺は極秘扱いされた地図を取り出し


彼の手のひらに握りしめさせた。





「妹を……由実を……頼んだ。必ず守ってやってくれ。兄貴として,これが最後にしてやれる事だから。」


宏明「………。」





そう



これでいいんだ。



これで……





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