◇[第三章 愛しいモノ](1/40)
アリエルは今、秘密を抱えている。
それは、部屋で一匹の白猫を飼育していたのだ。
白猫との出会いは一週間前で、降り頻る雨に打たれ弱り切っているところを発見する。一体、何日食事をしていないのか――と思われるほど痩せ、冷たい雨の中にいたからだろう、小刻みに身体を震わせていた。
その姿から思い出したのは、自身がイシュバールに来る前の出来事。アリエルは白猫に我が身を重ねたことで心が痛み、周囲に内緒で白猫を保護した。今はアリエルの献身的な世話によって白猫は元気を取り戻し、部屋の中を行ったり来たりしながら、自由に遊んでいる。
「ミーヤ」
それは、白猫の名前。
アリエルに呼ばれたミーヤは、二又に分かれている尻尾を左右に振りながら、ポテポテと歩いて来る。ミーヤは主人の足元でちょこんっと座ると、何を言われるのか大人しく待つ。
「ミルクよ」
その言葉に、ミーヤの可愛らしい赤い双眸が光り輝く。アリエルはミーヤ専用の皿を用意すると、並々とミルクを注ぐ。注がれている間ミーヤは行儀正しく待ち、アリエルの合図と共に皿に口を付ける。ミーヤにとってミルクはお気に入りなのか、瞬く間のうちに無くなってしまう。
もっとミルクが飲みたいのだろう、ミーヤは空になった皿を鼻先で押し出す。器用で利口な姿にクスっと笑うと、アリエルは残ったミルクを注ごうとするが、寸前で手が止まった。
そう、誰かが来たのだ。
「お、お待ちください」
「どうした?」
「今、着替えを――」
「……悪かった」
声の主は、セネリオ。何か用事を頼みたいのだろう、アリエルの着替えが終わるのを待つという。セネリオの言葉にアリエルは慌てて皿を片付けると、ミーヤを見付からない場所に隠す。そして更に念を押すように、セネリオが退室するまで静かにするようにお願いする。
その言葉が通じたのか、ミーヤは間延びした声音で鳴くと物陰で丸くなる。ドアの位置からミーヤが見えないことを確認すると、ドアを開きセネリオに声を掛ける。アリエルからの言葉にセネリオは身を預けていた壁から身体を離すと、どうして訪ねて来たのか理由を話す。
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