いろいろあったんだよ(1/9)
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やっぱり柚は自転車置き場にいた。
俺が作業していたブルーシートの
端っこに腰かけて、
すらりと長い脚を
持て余すように前に伸ばし、
飽きもせず看板を眺めていた。
俺がやってきたのに気づくと
彼女は
ふたつの表情をした。
「おかえり」という微笑みと
「なにしてたのよ」という目つき。
そんな顔するなよ…。
俺は真面目な口ぶりでこう言った。
「いろいろあったんだよ」
「貴弘って、10年後も
同じこと言ってそう」
「誰に?」
「さあね」
柚はいつもの口癖を言った。
たしか柚には姉と弟がいたと思うけど、
姉弟たちもみんな、
「さあね」って言うんだろうか。
夕食を囲んで、美人の家族が
みんなで「さあね」と
言い合っている場面を想像すると、
なんだかよく分からない気持ちになった。