ちょっとどいてね(2/8)
「それ、おいしいの?」
「まあね」
「ちょっと、ちょうだいよ」
「やだ」
そこまで言うと、
女の子は少し口をとがらせた。
キスでもしたいのかね。
言ってやろうかと思ったけど、
言わなかった。
そんなことを言う男はいない。
「…ねえ?、ミキちゃん。
もう倒れたりしないでね。
心配してしまうわ。クラスのみんなが…」
「分かってるよ」
さすがにそう何度も倒れたりしないさ。
心配させてしまうしね。
みんなを。
俺は、ふんと笑った。
それにしても、
あの日からしばらく経ったが
──正確に言えば1週間と3日、
俺が星野と会うことなんて
まあ、なかった。
そういうものだ。
もしかしたらこの先の人生、
星野とは、会うことも
ないのかもしれない。
俺はここ数日、
ふとしたときにそう思った。
数学の問題を解いているときや
グラウンドの水道水をひねって
顔を洗っているときに。
でも、彼女が
いまもなお、何も知らないまま
常田に恋をしているのだと思うと、
いらない罪悪感を覚えてならなかった。