---

「手、離すよ？」


星野が俺の腕から離れる一瞬、
視界が
ラベンダー色に包まれた。

星野の小さな背中だった。

それから、ふんわりとした
ムスクの香りが俺の鼻をくすぐるように
辺りを漂わせた。


「……、」

「？、あのう…？」

「なんかつけてる？」

「へ」

「いや、香ってるから。
顔にハンドクリームでも
塗ってるのかな」


ふざけたつもりで言ったのに
星野は真に受けちゃったらしい。


「ハンドクリームは、本来は、
手に塗るもので……」


とか、当たり前すぎることを
ごにょごにょと言いだす。


「大丈夫。知ってるよ」


と、俺は、
星野の気を落ち着かせるように
気持ち穏やかなトーンで言った。

ほっとしたように
星野は俺を見上げる。

俺たちの背丈は30cmくらい、
違うみたいだった。


「ここに……」

「うん？」

「ほんの少し、
つけておくんです」


星野はそう言って、
自分の鎖骨を指差した。


「ハンドクリームを？」

「いえ、ちが…」

「ちがうよね」

「そのう…ボディーミルクです」

「ほう…」

「新宿伊勢丹の２階に、」

「ん？」

「イセタンガールという、
とても素敵なお店が…」

「んん…」

「そこにモアのモナミーコレクションが
ときどき置いてあるんですけど、
香りが５種類あって、
セシリアと、モニークと、
ジジと、ロザリーと、
いまつけているのが、アデルといって、
バニラとムスクに、柑橘系の香りをふくんだ、
とても甘い香りで、私はこれがすごく…」

「……」

「好きです…」

「はん……」


もたもたと喋っていた女の子が
突然、急激なカタカナ言葉を
言い出したので、
俺は唖然としてしまった。











とても、かわゆいです。ADER（アデル）はかなり香りがのこります。
私は去年の冬、うきうきしながらこちらのハンドクリームをつけたところ
「すごく甘い匂いがするんだが、誰かプロテインでも飲んだのか？」と
近くにいた男性に言われました。お気をつけください。