わがままハニー

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バレンタインデー(1/1)
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「桜木、バレンタインに告って振られたって本当?」





Xデーから早五日。
ずっと避けてきた話題を、まさかその張本人自ら振ってくるとは。


鈍感で有名な向坂は、私の気持ちになんて微塵も気づいていなかったって事なのだろう。



あぁ、何だろう、
痛すぎて切なすぎて震えるんですけど。







「自分がバレンタインに彼女が出来て幸せだからって、人の失恋をどうこういうのは良くないと思うよ。はい、日誌書けたしとっとと帰ろ」




パン、と大袈裟に日誌を閉じて立ち上がる。


いつもなら、もっと一緒にいたくてどうこの時間を長引かせるかばかり考えていたのに。







「向坂?帰らないの?」




日直の仕事が名前順で回ってくるから、いつもその日が楽しみでしかたなかった。

その日だけは、堂々と話し掛ける事が出来るから。

放課後だって、他の人となら面倒なだけの日誌も向坂と一緒だと何ページだって書きたいくらいだった。






「…向坂?」


「……付き合ってないから。あのあと、ちゃんと断った」


「…そう。」




バレンタインの日、
思いきって告白しようとチョコを持ってきていたけれど、向坂は朝から隣のクラスの可愛い子に告白されていたようだった。

昼休みも放課後も、女の子に呼び出されてばかりで中々タイミングがなかったから、結局教室で向坂の帰りを待つことにした。




『あれ、桜木まだ残ってたの?』

『向坂…』



可愛らしくラッピングされたチョコレートを手に教室へと戻ってきた向坂。




『…告白?』

『あー…まぁ…うん。』




照れたように笑う向坂に、苦しいくらいに胸が締め付けられた。




『流石、モテるね。付き合うの?』




この時、こんなこと聞かないで私も好きだって言ったら良かったのに。





『…どうしようかな、って思ってる』




その一言で、告白しようなんて思いは消え去った。


自分で聞いたくせに、バカだよね。



















「ねぇ、桜木」

「何?」

「本当に告白したの?」


「…、してないよ。勇気がでなくて、出来なかった」



こうして、隣にいれるだけでも良いって思ってしまう私は、つくづく弱虫だなあと思う。

あの日の勇気は、一体どこにいってしまったんだろう。


今はもう、気持ちを知られないように過ごすだけで精一杯。










「桜木、」

「なに?もういい加減帰ろうよ」




「来年は、俺にチョコくれない?」




「……え?」


「俺、桜木に好きになってもらえるように努力する。だから、俺のこと、少し考えてくれないかな」




五日前と同じ、夕日の差し込む教室。

私はきっと、都合のいい夢でも見ているのだろう。






「へ、返事は今じゃなくていいから!」

「……なにそれ…」


「何って…桜木が振られたらしいってさっき聞いて、よく考えたらあの日好きなやつの事待ってたのかなって思って悔しくて。
元からお前が俺の事好きになってくれるなんて期待してないし、宣言してから攻めることにしたの!」



わかったか、なんてどや顔で言い切った向坂は耳まで真っ赤で、目が合うと恥ずかしそうに腕で顔を隠した。





「……、帰ろ。送ってく」


「…向坂」




あの日から、捨てられもせずにバックに入れたままだった箱を引っ張り出す。




「これ、向坂に。私も、向坂が好き。あの日、本当は向坂にチョコ渡したくて残ってたの」


「…え、まじ…?」


「うん。まじだよ」




驚いたままの表情で、それでもしっかりと向坂がチョコを受け取ってくれるから、いろんな感情が込み上げてきて涙が出た。



「えっ、なんで泣いて…」

「向坂に、彼女ができたと思って苦しかった…私、向坂のこと、」




凄く好きだと伝えたかったのに、それは向坂によって遮られた。


ぐいと腕を引っ張られて、向坂の腕の中へと強引に閉じ込められる。





「あー、もう。可愛すぎるんですけど!」

「は?!か、可愛くないから!」


「可愛いから!」


「可愛くないもん!」


「いいんだよ!俺はそう思ってんの!だから好きなの!」



わかったか、と本日二度目のどや顔を見せた向坂こそ可愛く見えてたけれど、そこはもう突っ込まなかった。




(終)













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