着ぐるみカレシ。
ぐるみカレシ。

8. うさぎと変態と、
 それから拳銃。 [1/16]



「―…様、お嬢様」


声がする。

私を呼ぶ、穏やかな声。

もう何年も、私の朝はこの声から始まっている。


「…んー…」

「朝食のお時間です」

「…あと5分、よろしく」

「よろしく、と申されましても」


桜庭の困った顔が目に浮かぶ。

いつもなら、これで退散してくれるのに。

あれ、今日って土曜日じゃなかったっけ?


「…今、何時?」

「7時です」

「お休み桜庭、お昼になったら起こして」

「今朝は、旦那様がお帰りになっています」

「……」


一瞬で、目が覚めた。

ガバッと身体を起こすと爽やかな朝の陽射しが当たる。

…目覚めの気分は、最悪だけど。


「…まじ?」

「まじです」

「なおさら寝てたいんだけど」

「旦那様は、お嬢様と朝食をご一緒したい、と」

「……」

「……」

「…わかったわよ、起きればいいんでしょ!」


まったく、ついてない!

昨日だって、灰桐シトとかいう訳わかんない奴のせいで大変だったばっかりなのに!

むしゃくしゃしながら、服を漁る。


「では、食堂でお待ちしております」


いつも通り、お辞儀をして出て行こうとする桜庭。


「あ、桜庭!」


私の声に反応し、立ち止まる。


「何でしょう?」

「昨日来た怪しい男…
灰桐シトって奴、結局どこに配属になったの?」


昨日からずっと気になっていた。

私の近くになる、なんて言ってたけど、そんなの有り得ないし。

私のそばにいる仕事なんて、桜庭のやってる付き人しかないんだから。

どこにいるかわかったら周りの社員にちゃんと見張っておくように言わないと。


「……」

「桜庭?」


珍しく、桜庭が口ごもった。

え?どうしたの?


「あ、もしかして桜庭もまだ知らないの?」

「…いえ」

「じゃあ、教えてよ」

「……」


なんか、変だ。

いつもの桜庭なら、こんな風にもったいぶったりしない。

私が聞けば、すぐに答えてくれる。

知らないことだって、調べて教えてくれる。

なのに。


「……桜庭?」

「…灰桐さんのことは、
旦那様からお話があるはずですので」


それだけ言うと、失礼します、と足早に部屋を出ていった。

…何よ、そんな態度…


「不安になるじゃない…」


静かな朝の空気が、嫌な予感を煽る。

やっぱり寝坊してしまえばよかった、と私は後悔した。





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