風が吹く場所に‐紫苑
□第一部[【始】](1/6)
「ラオル、お前はそれ以上、口を開くんじゃねぇ」
「ふふ、何を憤られているのですか。私は事実をつらつらと述べていますだけ、むしろ身の上の記憶が曖昧なエイジ様に記憶を取り戻していただけるよう、と計らっただけです」
親切心ですよと、にこやかに笑むラオルには先程の怪しげな笑みが失せている。
だけどそれが偽装だってのは、もう分かりきったこと。
でも問題はそれじゃない。
元素神、その言葉の意味。
「‥‥おいエイジ、考えるな、俺もお前もそんな事に一切関係ないからな!」
祐兄が苛立っている姿なんて珍しい。
「いえいえ、貴方がたは歴とした神。強化人間という実験の末に人類の英知が生み出した結晶ですよ。
関係が無いなどと言われては、うかばれない者も出てきてしまいますよ」
まただ、相変わらず紳士然とした笑みをしているが、それはなんて能面な笑みだろうか。
「うかばれない? お前達にそう言われる者達ほど、本当にうかばれないだろうよ」
「ふふ、ごもっともですな。いやはや、祐一様はよく存じてらっしゃいますね」
渇いた笑い声が、ラオルの喉をならなして空気を伝わり、俺の耳をなぞってくる。
いや、そんな事はもう、どうでもいい。
ラオルの笑い声がカンに障る。
だから、無性に殺してみたくなった。
「だから、喋るなと、言ってるだろうが!!」
不意に、祐兄の声が大きく響いたかと思うと、蹴り飛ばされたラオルは車両の側面の扉に身を叩き付け、扉も、ラオル自身も遥か外まで飛ばされていた。
ああ、祐兄の力は半端じゃないからね。
怒らせたらそりゃ確かに飛ばされるよ。
でも、ちょっと残念。
殺す機会を逃した。
何故だろう?
俺は自分を元素神だと理解をした、ただそれだけだっていうのに。
別に殺したいくらいラオルが憎いわけでも無いのに。
まぁ、一匹くらい殺してしまってもいいか、なんて気になる。
なんでだ?
俺は俺だ、エイジだ。
何一つ変わったところなんて無いはずだし、道徳や倫理では人殺しは悪いとわかってはいるのに。
それがどれほど重要なのか、それだけの判別が曖昧だ。
「‥‥エイジ?」
だってさ、俺って元素神だ。
人の殺し方なんて数え切れないほど理解してるし。
逆に人を作る方法だって、知ろうとしなくても知っている。
だって、所詮人は元素、分子の集合体だ。
殺して問題があったら、また同じのを作ればいい。
「エイジ! しっかりしろ!」
俺は、祐兄の強い力に肩を掴まれた。
祐兄の濃い紫色の瞳と目が合うと、何故か祐兄は、初めて見る表情で息を呑んだ。
「そうか‥‥、うん。
いいよ祐兄、ラオルは殺そう。問題無いよ、必要ならまた元に戻せばいい」
そうだ、今はナツとシンが心配だ。
あの二人がもしも、なんて目に合うのは嫌だ。
だけど。
「いいや、そうはさせねぇ」
祐兄を押し退け、壊れた扉から車外に出ようとすれば、不意に頭上から誰かが現れた。
「この、優雅 陣様がなぁ!」
くるりと一回転、綺麗に着地した姿は小柄。
目の前には俺の進路を阻もうと、ビシッと立てた親指で自分自身を強調する少年が居た。
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