風が吹く場所に‐紫苑
□第一部[【転】](1/18)


俺達が住んでいる藤の丘は、区分けで五つ。
まず、比較的都会な中央区と西区、どこにでもあるような町並みの南区と東区、山に近く、自然公園等がある北区、というふうに別れている。

この中で一番広いのが東区で、華音の家の住所はナツ曰く、かなり端の方なので少し時間が掛かるらしい。

「・・・・てな感じ、わかった?」
電車の中ではヒマがあるので、藤の丘の事を華音に話していた。
彼女は記憶喪失だから、話していれば何かがきっかけで記憶が戻るかもしれない。

──そう思うけど当の本人、華音は窓に張り付き、しげしげと物珍しそうに外を眺めていて、こっちの話には時折相槌を打つくらいだ。

華音からしたら、今は身の回りの殆どが珍しいんだから、仕方ないと言えば仕方ないか。

「話、聞いてた?」
「うん・・・・大体? でも何で夏樹さんが東区の事詳しいの?」
ナツは華音の声に、半ば眠りに行こうとしていた意識が戻ったようで、ピクリと瞼を開けた。

「アタシは小学三年生の時に、東区からこっち中央区に越して来たの」
ふあ、と口元を隠しながら。
ナツは半開きの眠たそうな目。
視界もぼんやりしてるのか、手元のお茶を探し、手をうろうろと、見当違いに彷徨わせる。

見てて面白いけど、俺はお茶を取りナツに渡してあげた。
「さんきゅ、エイジ」
にひ、とした笑みをこちらに向け、お茶を一口、口に含めばまたこくり、こくりと眠りの船を漕ぎ始めた。

何だろ、夜更かしでもしてたのか。
シンに、どうしたのかと聞いてみても、さあなー、としか返ってこない。

「俺とシンは昔から一緒だったけど、後から来たナツは最初の頃、結構手を焼いたよ」
嘆息を漏らしつ、ナツが実は起きてんじゃないかと横目で確認。

よかった、寝てるみたい。

「ああ、あの頃は人見知りまくってたナツを、俺達が最初に声掛けたんだよな」
シンが言うとおり。
たぶんシンと同じ記憶を辿り、俺達は少しばかり昔を思い出した──。

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