昔のはなし
○[動き出す*温](1/6)


「ただいま…。」
理彩が帰って来た。
「おかえり。」
「今日はいるんだね。」
八畳程の小さなリビング。ビールを飲みながらテレビを見る俺を理彩はまじまじと見つめながら呟いた。
「休みもらってさ。」
日々、早朝まで続く不規則な労働。
体を気遣ってくれているオーナーはたいてい、週に一度休みをくれる。
「ふーん。…そう」
相変わらずの理彩。
中学に入った頃からか
まともな会話を殆どしていない。

最初は反抗期かと思っていたが、ウチの場合はそうではなく、もっと重い不信感から引き起こされた反抗のようだ。

「温。」
リビングから通じる自分の部屋に行こうと、襖に手をかけた理彩は手を止めてそう俺を呼んだ。
「私、バイト始めるから。」
「え?なんで?」
突然のことで驚いた。
今までずっと遊びほうけていた理彩からは考えられぬ発言。
「だめ?」
理彩は振り返りもせず、背を向けたままそう聞き返す。
「いや、ダメじゃないけどさ…。随分いきなりだなって思って。」
そう言ってビールとごくりと飲む。
理彩は何も話さない。
「どこでバイトするの?」
「…居酒屋。」
「じゃあ、遅くなんのか?大丈夫か?」
「大丈夫だよ。終電までには帰るから。」
理彩はそのまま部屋へと消えていった。
あいつがバイトを始めるとは…

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