世話焼き後輩とダメ先輩
極秘任務編

 ある土曜の夕方。
 仙道は先程までテレビ観戦していたデーゲームの結果にご機嫌なまま、夕飯を買いにコンビニを目指していた。
 その、たった数分、百メートル程の間に、事件は起きた。

「あの、すみません」

 不意に掛けられた声に振り返ると、そこにはにこにこ笑う美少女がいた。

「…」

 きょろきょろと辺りを見回すが、周りには誰もいない。

「…俺?」
「はい、貴方です」
「…」

 こんな美少女が、いきなり自分に声を掛けてくる?

「…えーと、勧誘はお断りなんだけど」
「いえいえ、ちょっと道をお訊きしたくて」
「あ、そう…」

 まあ、そりゃそうか。
 こんな美少女が話し掛けてくるなんて、何の勧誘か押し売りかと思ったが、さすがに被害妄想だったようだ。

 しかし、美人である。
 年齢的には高校生か、大学生くらいだろうか…私服なのでよくわからない。日焼けした肌とラケットのケース。テニス部か?
 仙道の母校は元々女子校から共学になったので、女子テニス部が(男子の硬式野球部と違って)強く、あのラケットのロゴには見覚えがある。

 だが、それ以上に、この美少女、どっかで見たような…正直、物凄くタイプの顔なので、一度会ったら忘れないと思うのに。

「ええとですね、この辺りに、エスポワール山茶花公園というマンションがある筈なのですが…」
「えすぽわーる…、…どっかで聞いたような?」

 どこだっけ?
 この辺はマンションやアパートが多いので、マンション名だけでは思い出せない。

「んーと、何か目印とか聞いてないの?」
「うーん、住所と、このコンビニの近くらしいという事しか…」

 少女が差し出したメモには、お手本のように綺麗な字で住所が書かれていた。

「んー…住所からすると、もうちょい駅寄りっぽいけど。この交差点よりあっち側」
「そうですか…困りましたね、どこかに住宅地図でもないでしょうか…」
「あぁ…そういや、ごと…後輩のマンションの前にあったな、確か」
「本当ですか?申し訳ございませんが、そこまでご案内頂けないでしょうか?」
「ああ、いいけど…どうせ夕飯買いに来ただけだったし…」
「ありがとうございます!助かりました!」
「あ、う、うん…」

 …何故だろう?
 こんなにタイプの美少女が喜んでるのに、自分の中の警戒アラートが鳴りまくってるような…?

 しかし、一度承諾してしまった以上、ヘタレな仙道には覆せない。
 仕方なく、後藤のマンションまで彼女を案内した…が、そこで気付いた。

「あら。凄い偶然ですね…ここがエスポワール山茶花公園でした」
「…」

 そう。
 彼女が探していたのは、後藤のマンション(建物に書かれた名前はフランス語表記なので、仙道は読めなかった)で…しかも、メモに書かれた部屋番号は後藤の部屋を示していた。

 まさか、後藤の彼女?
 …と思ったら。

「ありがとうございます、仙道さん。お陰で兄に会えそうです」
「…え?」
「申し遅れました、私、後藤要の妹の後藤環と申します。お会いするのは十年ぶりですかね?」
「…」

 言われて、あの夏の記憶が過る。
 後藤を説得しようと通った家で見掛けた、小学生くらいの女の子。後藤の妹…確か、たまちゃんと呼ばれていた…

「…!!」

 そうだ。
 どっかで見たどころじゃない、この娘、ショートボブの髪型とにこやかな表情以外は、後藤そっくりじゃねーか!


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