世話焼き後輩とダメ先輩
練習編

「…先輩」
「あー?何だよ、俺が超疲れてる事くらいわかれやこんにゃろー」
「すんません。ただ…」
「ただ?」
「…先輩はこんだけ練習しても下手なまんまなのに、何で練習するんすか?」
「お前はつくづく俺をムカつかせる天才だな!一年が三年に言う台詞かっ!?」
「いや、だって…この一ヶ月くらい先輩を見てきた限り、先輩は面倒臭い事とか疲れる事とか暑いのとかが大嫌いで、努力や熱血とは無縁というか…」
「うっせーやい」
「なのに、何で野球の練習だけはやめないんだろうと思って。結果が出てるならともかく、相変わらず下手だし」
「…。後藤よぉ」
「はい」
「お前、天才だろ?」
「強豪校で通用するレベルではないと思いますが、先輩より上手い自信はあります」
「天才なんだよ。少なくとも、凡才じゃねぇ。だからわかんねぇんだ」
「…?」
「俺なんか、お前が言う通り下手っぴだよ。凡才以下だよ。うちみたいなメンバー集めにさえ苦労してるようなチームじゃなきゃ、レギュラーになんかなれるわけねぇよ。お前なら確実に捕れる打球が捕れない。送球もすぐ逸れる。お前に勝ってるのはパワーくらいのもんだが、なかなか当たんねぇし脚も速くねぇし頭も悪いから、ちーとも生かせやしない。おまけに本番に弱いときたもんだ。野球やってて楽しい場面なんざ、ごくたまーにしかない」
「…じゃあ、何で?」
「ごくたまに成功するからさ。例えば守備、お前は九割以上成功するだろ。つーか、お前がエラーしたとこ見た記憶がねーよ。だからこそ、失敗したら超へこむだろ」
「…だから、失敗しないように練習してるんすよ」
「だよなぁ。九割を九分九厘にする作業が、お前にとっての練習なんだ。でも、俺は違う。一割を二割、三割にする為にやってんだ」
「…あまり違わない気がするんすけど」
「一割増しと三倍じゃ全然違うだろ」
「はあ…でもそれ、七割失敗するんすよね?」
「例えばの話だよ。実際はもっと捕ってるよ!…じゃなくてだな、一番重要なのは、お前は成功するのが当たり前で、俺は失敗するのが当たり前ってとこなんだよ。だからお前は失敗すると超へこむ。俺はまあ、いつもの事だと思う」
「…はあ」
「で、お前は成功するのが当たり前だ。でも、俺は成功したらミラクルだ。超ハッピーだよ。ダブルプレー取れたら試合には100対0で負けてもいいくらいだよ」
「いや、それじゃ意味ないでしょう…」
「いいんだよ。嬉しいんだから。つまり、下手っぴな俺は天才なお前とは成功の感動の大きさが違うわけだな。だから、それをもっともっとたくさん味わいたくて、俺はどんなに面倒臭くても練習してるんだ。昨日捕れなかった球が捕れた。昨日打てなかった球が打てた。昨日よりほんの少し速く走れた。それだけで嬉しい。お前から見たら下手なままだろうけどな。でも、下手って事は伸びしろも多いって事なんだぜ。練習すればする程、何倍にも上手くなるんだ。楽しいに決まってるじゃねーか」
「…要するに、超ポジティブシンキングなんすね」
「そーだよ。悪いかコラ」
「いや…何ていうか。羨ましいというか…下手な方が楽しいってのは、斬新っすね…」
「そうかぁ?…ま、凡才以下の俺が下手だけど好きなものを好きなままでいようと思ったら、そう考えるしかねぇのさ」
「…。…先輩」
「んー?」
「…ダブルプレー取って、尚且つ勝ったら、きっともっと楽しいっすよ」
「…。…後藤」
「はい」
「練習再開すっぞっ!目指せ、夏の一勝!」
「はい!」

練習編
おわり



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