竜魔王
[ルナ](1/5)
成海と絆が魔族討伐へ向かったあの日。
女王の元に『成海が死んだ』との報告が届いた日から……ひと月後。
鬱蒼とした深い森の中に佇む古い廃城の庭で、銀髪の少女が空を見上げていた。
空を映す少女の瞳は黄金に輝いており、まるで太陽の中に空があるかのような錯覚を覚える美しさだ。
ここは人里からも遠く離れ、鳥や獣…魔獣達の住処となっている深い森。
王都アイリーンから遠く離れたユラシアーノ大陸、その東南部にある……特殊な結界により隠された森。
そこに彼女はいた。
「…………よし。今日こそは!」
少女は金色の瞳を閉じると背中に意識と魔力を集中させる。
すると、少女の背には漆黒の大きな翼がバサッ!と勢いよく生えた。
「目指すは……この木の頂上!」
少女は目の前の高い大木を見上げると、翼を大きく羽ばたかせる。
バサバサと羽音を立てながら、少女は宙に浮き…いや、上へと飛んでいく。
まるでその姿は鳥……いや、黒い翼の天使のようだ。
「よし!いける!もうちょっとで……えっ!?わ、わわっ!きゃあぁぁっ!!?」
目指していた木の頂上まであと少し……という所で、彼女の意識は乱れ、飛んでいた体は地面へと真っ逆さまに落ちていった。
ドサッ!という音が響き少女が地面に墜落すると、大木から鳥が三羽飛び出し、少女へと寄っていく。
少女は倒れたまま、地面に打ち付けた頭を抑えていた。
「あいたたたた………。やっぱり…まだ上手く飛べないや」
「チュン!チュチュン!」
「ブルー!それにベニ!キィも!ごめんね。ビックリさせちゃって」
少女はその場に座り込むと、寄ってきた青、赤、黄色という色とりどりの鳥達に話し掛ける。
鳥達も少女を慕っているのか、彼女の肩に乗ったり、周りを飛んだりと全く警戒していない。
騒がしくピィピィと鳴く鳥達に少女は笑みを浮かべる。
そして草むらの影からも……二匹の毛むくじゃらで単眼の…子犬ほどの小さな魔物まで出てきた。
一匹は赤い大きな目玉、もう一匹は青い大きな目玉をしている。
まるで毛玉の一つ目お化け。
少女はその魔物達にも鳥達と同じように笑顔を向ける。
「ポンポン!モフモフ!」
『ポンポン』『モフモフ』と呼ばれた一つ目の毛玉は、ピョンピョンと高く飛び跳ねながら少女へと寄っていく。
銀髪で黒い翼を生やした少女は、魔物を恐れることなく、二匹のフサフサな毛並みを撫でてやった。
毛玉達は『ギィギィ』と鳴きながら、ジィ…と少女を見つめる。
その大きな赤と青の目玉が逸らされぬ事なく、真っ直ぐと自分に向けられたことで、少女は毛玉二匹と鳥達の心情を悟った。
「もしかして……また私が落ちたから心配してくれてるの?皆、ありがとう。私は全然大丈夫だよ。………もう…人間じゃないからね」
『人間じゃない』
そう語る彼女の笑みは……何処か憂いを帯びている。
少女が安心させるように告げると、毛玉達はピョンピョンと彼女の周りを跳ねだした。
鳥達もまた少女へと擦り寄る。
「皆優しいね。ありがとう。………そうだ。天気もいいしちょっとお散歩しようか?ここのお庭も広いからね」
そう言うと、少女は鳥と毛玉を引き連れて庭を歩き出した。
廃城と同じように荒れてはいるが、草は青々と茂り、美しい花もたくさん咲いている。
彼女はここを、鳥や魔物達と散歩するのが日課になっていた。
そして一番のお気に入り、大きな泉の傍に行くと……彼女は身を乗り出して、水面に映る自分の姿を見つめる。
ひと月前までとは……まるで違う自分の姿を。
彼女は元々、背中まで続く長い黒髪で、瞳もまた髪と同じく漆黒だった。
極々普通の、日本人の容姿だった。
しかし今…水面に映る彼女は、長い銀髪と黄金の瞳の姿。
そして背中には大きく黒い翼が生えている。
「………まだ慣れないな。銀髪で、金色の目に………牙。こっちはなんとか慣らしたけど…」
彼女は水面に顔を近づけ、綺麗に並んだ上の歯にある、二本の鋭い牙を見てため息をついた。
最近は慣れたが、最初のうちは食事の度に唇やら舌を噛んだりと大変だったのだ。
少女は振り返ると少し離れたあの大木と廃城を見つめる。
「今日は……三階くらいまでは飛べたかな?三階から落ちたのに……骨折どころか、かすり傷も無い。痛かったけど……それだけ」
かなりの高さから勢いよく落ちたのに、怪我を負わない頑丈な肉体。
再び視線を泉に戻すと、彼女は自分の意思で翼を前に寄せる。
「天使みたいな……ううん。まるで堕天使みたいな…黒い翼」
明らかに人間ではない姿と強度。
しかし『堕天使』と呟いた事で、彼女の顔にはまた笑みが浮かんだ。
「………堕天使、か。…ふふっ。いいじゃない。王妃や二番目なんかより、よっぽどマシよ。だって……今の方が…私は幸せだもん。優しい友達だっている。………それに」
「ルナ。こんな所にいたのか」
呟きの最中、彼女の耳に届いた男の声。
彼女を『ルナ』と呼ぶ男は………一人だけ。
それは彼女をこの姿に……人間とは違う生き物に変えた…命を救った者。
『ルナ』と呼ばれた少女が勢いよく振り返ると、そこには透き通るような水色の髪と…彼女と同じ金色の瞳を持つ男がいた。
「っ!?竜魔王様っ!」
ルナは驚きつつも、満面の笑みを竜魔王……この世界で最も恐ろしい魔王へと向ける。
だが竜魔王の方は…少々不機嫌そうな顔をしていた。
「『城から出る時は声を掛けろ』といつも言ってるだろう。例え行き先が庭でもだ」
「す、すみません。お昼寝されていたので……起こすのも申し訳なく…」
「バカ。急にいなくなる方が心配する。体は……本当にもう大丈夫なのか?痛みは無いか?」
そう言って優しく自分の頬を撫でる竜魔王の手に、ルナは自分の手を重ねた。
「……ありがとうございます。本当にもう大丈夫ですよ。竜魔王様のおかげで……私はもう人間じゃありませんからね」
ふふっと楽しげに笑うルナだったが、竜魔王の方は今のルナの言葉で顔を曇らせる。
「………俺のせいだな。すまない」
「っ!?そんなっ!謝らないで下さい!私は竜魔王様に感謝してます!竜魔王様は私の命を救って下さいました。……竜王族の姿を捨ててまで…。謝らなきゃいけないのは…私の方です」
始めは力強く否定していたルナだったが、今度は彼女の方が徐々に顔を曇らせ…遂には涙が流れた。
竜魔王はルナの頬から目元へと手を動かすと、自分と同じ金色の瞳から溢れる涙を拭い、彼女に優しく声を掛けた。
「それに関してお前が責任を感じる必要はない。俺が好きでやった事だ。もう二度と完全な竜の姿になれずとも……俺はお前を救いたかった。生かしたかった。それに……」
竜魔王が竜本来の姿を…本当の自分の姿を捨てたというのなら……彼女もまた多くのモノを、命と引き換えにした事になる。
「捨てたのはお前の方だろう。いや……俺が捨てさせたのか。人間である事も……『成海』という名も」
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