竜魔王
[別離と邂逅](1/10)
「はぁ〜………凄い森だな。木がどれもこれも高くて、太陽の光があんまり入ってこない。草もボーボーでろくな道も無いや。成海さん、エリカ。足元かなり悪いけど大丈夫?」
「私は大丈夫」
「っ、わたくしもですわ。お気遣いありがとうございます、絆様」
「皆様、危険なのは足元だけではありません。魔族がいつ襲撃してくるか分かりませんので、警戒を怠りませんように」
「あ、そ、そうですね!そっちのが危なかった。すみません将軍」
絆、成海、エリカ、猛虎将軍、そして将軍の束ねる100人の精鋭部隊は今、ロゼリア近郊の森にいた。
女王からの勅命『魔族討伐』の為に。
そして彼等に同行しているのは、もう10人の武装した集団。
その中にはあのキースもいる。
「お嬢様。もしお疲れでしたらいつでもお声を。私がお嬢様をお抱えして歩きます」
「ありがとうキース。でも必要無いわ。未来の王と王妃様を差し置いて、第二妃である私が楽をする訳にはいかないもの」
「お嬢様…」
エリカの言葉にキースは悲しげに眉を寄せる。
絆も成海も、想造世界では体育の授業もあったし、将軍の稽古で体力もそれなりについている。
将軍は勿論、その部隊…そしてキース達も体力には自信があった。
しかし蝶よ花よと大事に大事に、それこそ温室で育てられた王族の娘であるエリカは違う。
悟られぬようにはしているが、その顔には疲労が見えていた。
絆や将軍は気づいていないが、幼い頃からエリカと共に過ごしたキースはとっくに気づいている。
そしてそれに気づいているのは、もう一人。
「………あのっ!すみません!将軍!皆さん!」
「姫様?いかがなさいました?」
成海は歩いていた足を止め、右手を高く上げて挙手をしながら全員の視線を集める。
将軍が振り向き全員の足が止まったのを確認すると、成海は再度口を開いた。
「ちょっと疲れたので!休憩させてもらえませんか!」
「しかし姫様。まだ森に入ったばかりで」
「お願いします!ほんのちょっとでいいですから!」
「………はぁ。かしこまりました。全員に告げる!今からこの場で10分の休憩とする!これから告げる20名は私と共に近くの見回りを!残りは王位継承者と未来の妃様達を警護せよ!」
将軍は成海に呆れたようにため息をつきつつ、部下の兵士達に迅速に指示を出した。
兵士達も将軍の命令に従い直ぐに行動に出る。
だがやはり、数名は成海に対してヒソヒソと陰口をたたいたり、軽蔑の眼差しを向ける者がいた。
成海は自分の胸が痛むのを『いつもの事だ』となんとかこらえ、近くの倒れた木に腰掛けるエリカを見つめる。
そんな成海に、絆はまた無神経な一言を口にした。
「成海さん。これは遠足じゃないんだよ?疲れたのは仕方ないけどさ、やっぱり剣術の稽古をやめたから体力も落ちたんだよ。皆に迷惑かけないように、王都に帰ったら」
「絆君。未来の王妃として絆君に言っておくね」
「っ!?み、未来の…王妃として?」
成海から出た『未来の王妃』…つまり『未来の妻』という意味を持つ言葉に、絆は顔を真っ赤にさせ成海の言葉を待つ。
呑気に何か愛の告白めいたモノを聞けると思った絆だったが、成海は絆へ冷たい眼差しを送り、彼の予想とは違う言葉を吐いた。
「そういう他人の言葉だけを鵜呑みにして、気持ちを考えないのは相手を傷つけるだけだよ。そんな人、いい王様になんか絶対になれない」
「………え?」
「人の気持ちを考えないで傷つける事しか出来ない人は、いつか痛い目を見るからね。必ず」
「な、成海さん?それって…ちょ、ちょっと成海さん!」
成海はそれだけ言うと絆から離れていく。
追いかけようとした絆だったが、一度振り返った成海が彼を睨みつけた為に、絆はそれ以上進む事は出来ず、立ち止まる事しか出来なかった。
絆から離れた成海が向かったのは、彼女が友と慕うエリカの元。
「エリカちゃん。大丈夫?」
「わたくしは大丈夫ですわ。姫様もお疲れでしょう。どうぞお掛けになってお休み下さい」
「ありがとう、エリカちゃん」
自分に優しく微笑むエリカに、成海もまた笑顔を向けた。
そして成海はエリカではなく、エリカの隣に佇むキースへと声を掛ける。
「キース…さん。でしたよね?」
「はい。姫様」
「少し、お話したい事があるんです。ちょっとこっちに来てくれませんか?」
「は?私にですか?しかし私はお嬢様の」
「キース。恐れ多くも姫様、いえ未来の王妃様からのご指名よ。謹んでお受けなさい」
「………はい。お嬢様」
エリカと離れがたく渋るキースだったが、当のエリカはそんな彼を咎め、成海と共に行くよう命じる。
主人からの命令を無視する事も出来ず、キースは渋々頷いて成海と共にエリカ、そして絆から少し離れた。
「すみません、キースさん。でもキースさんにお願いしたい事があって」
「私に…ですか?」
成海の言葉にキースは眉をしかめ、聞き返した。
そもそもキースは他の者と同じ…いや、エリカが絡んでいる為に他の者よりも成海を警戒し嫌悪している。
そんなキースに成海は真正面から向き合い、言葉を続けた。
「はい。キースさんは、子供の頃からエリカちゃんに仕えてきた。だからヴィクターさんの信頼も厚くて、今回の討伐任務に同行したんですよね?」
王都を出る前、キース達ヴィクター邸の者が同行する際、彼等の事はエリカが詳しく説明してた。
だからこそ成海は再度キースに尋ね、キースもまたしっかりとその言葉には頷く。
「はい。お嬢様は勿論、未来の王、そして王妃様をお守りするよう、旦那様からは申し使っております」
「その事ですけど……万が一、私や絆君に危険が迫っても、キースさんはエリカちゃんの事を最優先に守ってほしいんです」
「は?」
成海の意外な言葉に驚くキースだったが、そんなキースに成海は頭を下げる。
「お願いします、キースさん」
「ひ、姫様!私のような者に頭を下げてはなりません!それに……何故そのような?」
成海はゆっくりと頭を上げると、悲しげに目を伏せつつ自分の気持ち…自分の考えをキースにのみ話す。
「私が未来の王妃で…エリカちゃんが第二妃だからです」
成海の言葉に『それはお前のせいだ』と彼女を責めたい衝動をなんとか堪えるキース。
「…どういう……意味でしょうか?」
「この世界は『二番目』っていう存在を軽く見てるんです。私はそれを誰よりも知ってる。私もエリカちゃんも、未来の王の妃という立場になりましたけど…今度はエリカちゃんが二番目になってしまった。もし魔族の襲撃にあったら……多分ですけど…将軍も兵士達も、絆君と私を最優先に守ると思うんです。二番目のエリカちゃんよりも」
成海は今まで『二番目』というだけで不当な扱いばかり受けてきた。
だからこそ、友であるエリカが同じ目に合うのでは?と考えたのだ。
「キースさんは誰よりもエリカちゃんを大切にしてると思います。お邸から来た他の皆さんも。だから皆さんには…皆さんにだけは、エリカちゃんを最優先に守ってほしいんです。私なんかよりも」
「……そう…でしたか。姫様のその心優しき慈愛に満ちたご命令、しかとこの胸に。エリカお嬢様は必ず我等がお守りすると、このキース。姫様にお誓い致します」
「ありがとうございます、キースさん。やっぱり貴方にお願いして正解でした。エリカちゃんの事、よろしくお願いします」
自分に頭を下げて誓うキースに、成海は安心したように優しく微笑んだ。
地面を見つめたままのキースの心情など知るよしもなく。
(エリカお嬢様を深く傷つけ!旦那様を狂わせた元凶が!頼まれても…誰が貴女のような方をお守りするものか!)
ギリギリと歯を食いしばるキースだったが、憎しみに満ちたその顔は徐々に歪んだ笑みへと変わっていく。
それは……成海の身に、これから何が起こるか知っているからこそ出た…彼の心からの笑みだった。
(……ですが…今のこの誓いは守ると約束しましょう。これが貴女の……最後の願いですからね)
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