編集長が帰ってきてから一週間が経っていた。
空港で彼を出迎えた時のことは、何度思い出しても恥ずかしい。
びっくりさせようと後ろから抱きついたのだが、彼と彼の側にいた背格好のよく似た男性を間違えてしまったのだ。
悪いことに、抱きついた男性がイケメンだったものだから、私がわざとやったと疑っている。男性のほうもさほど不快感を表さず笑顔で去っていったことが、さらに気にくわなかったようだ。
それ以来、彼は機嫌が悪い。いい加減許してくれてもいいと思うが……。
折角、東京の編集室に戻ってきたのに、今日も朝から私のことをにらみつけている。
疲れる。
ちょっと逃げちゃおう、と思って屋上へ上がった。
屋上から見る乱立ビルの眺めは最高だ。空も青いし。
もうすぐ夏が始まる。新緑だった緑も色濃くなってきている。
美佳ちゃんとの特集も評判がいい。今も京都で色々調べてくれてるみたいだし、連載になればいいのになぁ。
転落防止の柵にクロスに組んだ腕を置き 、そこに顎を乗せた。
景色を観ながらまったりしてると、ポンっと頭を軽く叩かれた。
後ろに編集長が立っていた。さっきまでの睨み顔ではなかった。
「気楽にサボってんじゃない」言葉は荒いが怒ってるようには見えない。
「まだ怒ってます?」
「ああ、怒ってる」
そう言いながらも風を顔に受けて
気持ち良さそうにしてる。頬と腕に残る事故の傷痕はまだ消えていない。
「傷、まだ痛みます?」
「ああ」
「痛そうですもんね」
「どこの傷だと思ってんだ?心の中が痛むんだよ」
「……はぁ」
「ま、この二年間、お前が誰か別の奴と仲良くしてるとこを想像してたけど、目の前でされちゃうとなぁ」
「だから、あれは間違えて……え?じゃあ、もしかして、ちょくちょく関わってたのは、見張ってたってことですか?」
「まぁ、別にお前が本当に誰かを好きになったら諦めるつもりだったけどな」
「それって、ある意味ストーカーですよ」
「人聞きの悪いこと言うなよ」
「でも、少し嬉しいです」
「なんだよ、えらく素直になったじゃねえの。なんかあった?」
「色々ありましたね」
「色々、ねぇ」
彼はまた顔に風を受けて笑った。
風が小さなわだかまりをさらっていき、私たちは見つめあって微笑んだ。