楽園の探求者
[4、クラシオト帝国](1/2)
 禍々しい赤い月が黒い空を照らし、静寂をもたらした。

星は見えない。

〈赤の世界〉は、その住民に何も希望を与えなかった。

 セルーナは両手を縛られ、サンギスによって運ばれていた。

「さあ、もうすぐ三眼狼の棲む森だ。……おっと!」

 サンギスは足を止めた。

そこには黒い甲冑を纏った騎士がいた。

三眼狼の背に乗り、手には巨人の骨で出来た槍を持っている。

「おお、これはクラシオト帝国の忠実な兵士様。ここに〈青の世界〉の人間を連れてまいりました」

 トゥダランの騎士は人間を縛っている縄をサンギスからもらった。

彼は自分の後ろにセルーナを乗せた。

「ご苦労であった。下がってもよいぞ」

 サンギスの目が貪欲で輝いた。彼は両手を擦った。

「いえいえ、褒美をもらえるまでは帰れません」

「ふん、金に目がない小人め。受け取れ」

 騎士は金貨一枚を小人に渡した。

金貨を覗き込んだサンギスはうめいた。

「あんなに捕まえるのに苦労して、これだけですか! これは困りましたな。〈赤の世界〉に迷い込んだ人間が出てくるのは、あなた方の怠慢でしょう。これは神皇帝様にお申し付けしなければ」

 騎士は明らかに相手にしていなかったが、兜の中で溜め息をつくと、口笛を吹き、もう一匹の三眼狼を呼び寄せた。

「乗れ。案内してやる。まあ、喰われなければの話だが」

 トゥダランの騎士は三眼狼を巧みに操り、森の中へ姿を消した。

 セルーナは後ろから、サンギスが三眼狼に噛みつかれそうになりながら追いかけてくるのを見た。

セルーナは聞き覚えのない単語の意味を考えていた。

クラシオト帝国とは、トゥダランが人間を運んでいる帝国の名前に違いない。

そして神皇帝とは、その国を統べる王のことだろう。


神を名乗るトゥダランの皇帝だろうか?


 森の中に危険な輝きを放つ無数の赤い目が見えると、セルーナはぞっとした。

自分はこれから魔物の帝国へ行くことになるのだ。

 森を抜けると、その帝国のあまりの異様さにセルーナは驚嘆した。

闇夜に沈んではいたが、むしろその禍々しさを際立たせている。

怪物の口のような入り口を持った家々と、巨人の骨を組み上げて作られた白い塔……。

それは〈赤の世界〉の狂気を凝縮したかのようだった。

夜の町は寝静まっていたが、人々は常に悪夢しか見ないように思われた。


起きていても見る世界は悪夢なのだから。



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