偽装恋愛
■[cut.【06】](1/11)




「な、何で私がこんな事……!」



私はプリプリと頬っぺたを膨らませつつ。

先ほどの柴崎さんのオイタのせいで、恥ずかしい液体にまみれた鏡をピカピカに磨いていた。

当の柴崎さんはと言えば、すでにココにはいない。

マネージャーの高田さんと打ち合わせがあるからと、一人でさっさと自分の楽屋に戻ってしまったのだ。


きゅい、きゅい。


表面を擦るたびに、可愛らしい音を立てて鳴く鏡。

すっかりキレイになったそれを眺めて、私は深い深い溜息を一つ吐く。

それと同時に、軽やかなノックの音が静まり返った室内に響き渡った。


「は、はい!」


咄嗟に手に持っていたウェットティッシュをゴミ箱に叩き込み、空気清浄機が入っている事を確認してから、私は慌ててドアに駈け寄る。


スタッフさんからの連絡事項かも、と思いながら開けたドアの前。

そこには何故か、爽やかな笑顔を浮かべた翼くんが立っていた。


「急にごめん。ちょっと、いいかな?」

「う、うん? どうぞ……?」


本当は、ちょっとヨクナイ。

でも、そんな事が言えるハズもなく。

私は部屋の空気にえっちな匂いが残っていないか気にしつつも、体を横にずらして翼くんを招き入れた。



――何とはなしに、気まずい空気が流れる中。



鉄製のパイプ椅子に手を伸ばす私を視線で制し、翼くんは鏡台に軽くもたれかかると、どこか躊躇いがちに口を開く。


「朋ちゃんに聞きたい事があるんだ」


私としては、まずソコから離れてもらいたかった。

翼くんに視線を向けると、その背後の鏡に先ほどの自分の姿が思い出されて困る。




 
- 64 -
前n[*][#]次n
⇒しおり挿入
/362 n


⇒作品?レビュー
⇒モバスペ?Book?


back