歪ーいびつー
★[6月](1/2)
※※※





 目の前にいる奏多くんの背中が、見る見るうちに真っ赤に染まってゆくーー


(一体……、何が……。何が……っ、起こった、の……?)


 突然の出来事に処理しきれなかった私は、ただ、呆然と目の前の奏多くんを見つめた。

 


「……っ、いやぁぁぁああーー!!!!」


 朱莉ちゃんの上げた悲鳴で、止まっていた私の思考は再びゆっくりと動き始める。


「ーーあんただけは……っ、絶対に許さない!!」


 そう叫んだ優雨ちゃんが、今度は正面から奏多くんにぶつかった。


「夢には……っ! 夢には絶対に近付かせない!!」


 奏多くんを睨みつけながら、ゆっくりと身体を離した優雨ちゃん。

 その手にはーー
 血に染まったハサミが握られている。


「ぁ……っ……あ゛っ……ぁっ」


 言葉にならない声を漏らしながら、私はガタガタと身体を震えさせた。
 こんな光景、決して見たいわけではない。
 
 そう思うのにーー
 私の瞳は優雨ちゃんを捉えたまま、私の意に反して逸らすことができない。

 そんな中、優雨ちゃんが再び奏多くんに向かって歩みを進めた、その時ーー
 私の瞳は、大きな胸に抱きしめらたことでその視界を閉ざされた。


「夢ちゃん……っ、見ないで。見ちゃダメだよ……」

 
 優しく耳に届いたのは、そう囁く楓くんの声だった。

 朱莉ちゃんや優雨ちゃんが叫んでいる声は、遠くの方でボンヤリと聞こえるのに……。やけにクリアに響く、楓くんの優しい声。

 私は堪らず大声を上げて泣き叫ぶと、床に向かって崩れ落ちた。それを追うようにして、しっかりと私を抱きとめてくれた楓くん。

 私は震える指先で楓くんの背中にしがみつくと、まるで目の前の光景や音を遮断するかのようにーー

 ただ、大声を上げて泣き続けた。





ーーーーーー



ーーーー





「ーー夢」


 あれから数分が経過したのか……あるいは、数秒しか経っていないのかーー


 突然呼び掛けられたその声に、私は楓くんの肩口から顔を覗かすと、声のした方へと視線を向けてみた。
 すると、優雨ちゃんがニッコリと微笑んで私を見ている。


「……ごめんね、夢。私……っ、夢から大切な人を、奪ってしまった……。っ本当に……、ごめんなさい。……今まで一緒にいてくれて、ありがとう……っ」


 涙を流しながらも、最後に優しく微笑むとゆっくりと教室を出て行った優雨ちゃん。


「ーー朱莉ちゃん!」


 楓くんが声を上げると、呆然と立ち尽くしていた朱莉ちゃんは、ゆっくりとこちらを振り返った。
 その身体は今にも崩れ落ちてしまいそうな程に、ガクガクと震えている。


「……っ奏多が……っ。……奏多がぁぁ!!!」


 私達を視界に捉えると、堰《せき》を切ったように泣き出した朱莉ちゃん。


「……うん、わかってる。俺は、救急車を呼ぶから……。朱莉ちゃんは、夢ちゃん連れて優雨ちゃんを探してきて」

「えっ……。なっ……何……、で……?」

「2人に、この現場を見せたくないから。それに……優雨ちゃん探さないと、危ないよ。……きっと、死ぬ気だと思う」

「えっ? ……っ」

「そんなの嫌でしょ? ……だから、探してきて」


 2人のやり取りをボンヤリと聞いていた私は、まだ震えて力の入らない身体を楓くんに支えてもらうと、抱き抱えられるようにして立ち上がった。


「……夢ちゃん、しっかりして。優雨ちゃんを救えるのは、夢ちゃんだけだよ」


 視点の定まっていなかった私は、その言葉でゆっくりと楓くんに向けて視線を合わせた。
 私の目の前で、悲しそうに微笑む楓くん。
 その姿を見て、流れ続ける涙を拭いながらも小さく頷く。

 朱莉ちゃんとしっかりと手を繋ぐと、お互いに力の入らない身体を支え合いながら、頑張って廊下へと歩みを進める。


(優雨ちゃんを、探さないと……っ)


 その思いだけを胸に、震える身体を懸命に動かして教室を後にしたのだったーー





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