○[身を、委ねる](1/11)
だいぶ長い時間が経った気がする。
ケイは、ずっと私を抱いててくれた。
文句ひとつ言わずに。
少し落ち着いて、とりあえず顔をあげようとしたら、頭を掴まれて、また胸に押し付けられた。
いつも香る、ケイの良い香り。
そして、厚くはない胸板。
鎖骨の骨がゴツゴツして痛い。
全然好みじゃないのに、ケイの身体は落ち着く。
本格的に涙もおさまって、ケイから少し離れる。
今度は引き留めない。
『なんか、ごめんね。』
いつもいつも、ケイに慰めてもらってる気がする。
「いやーー落ち着いた?」
『ーーうん。』
さっきケイがテーブルに置いた薬のゴミを見つめる。
それに気づいたケイが、拾って立ち上がる。
そして、ゴミ箱に捨てた。
「無理矢理聞いて悪かった。もういい。」
『え?』
良いんだ。
ちょっとほっとした。
正直、あんまり話したくない。
「なんとなく分かったし」
『………。』
キッチンからグラスとカップを持ってきて、テーブルに置いた。
「お前んとこ、スタッフ何人いんの?」
同じソファに私向きに片膝立てて座ってくる。
「副店長って、リカもらしいじゃん。何人役職付きがいんだよ。全員店長かよ。」
『それ、ユキも聞いてきた。うちネイリストの数多いんだよ。』
「ーーへぇ、ネイルって、そんなに客来んの?」
『来るよ。暇なときもあるけど。』
「てかそれ、どんくらいもつの?」
ケイは、こんな話してて楽しいのかな。
ただ話題を変えようと、気を使ってくれてんのかな。
私はしたいけど。
自分の仕事のこと、いっぱい知って欲しいし。
てか私も、いっぱい知りたいし。
お客さんとかもそう。
私はお客さんが何の仕事してて、どんなとこに住んでてーーって色んな話をいっぱい聞きたい。
よく、リカに言われる。
『私は自分語りばっかするお客さん相手すると疲れるのに、あんたはどんどん語らせるよね。』って。
語らせるってゆうかーー知りたいんだ。
自分が見れないものや体験できない事が、どんな物なのか。
『一応、一ヶ月が理想かな。でも人によるよ?』
「へぇ。客でもいんだよ。そういうのつけてる奴。邪魔じゃねぇの?」
タバコに火をつけて、ケイは話続けてくれる。
『てかダーツする時は邪魔。本格的にやってる人で、スカルプとかつけてる人いんの?』
「いるいる。まじ尊敬する。」
『さすがに私は無理だわ。』
「俺からしたら普通の生活するだけですげぇと思うけど。」
こういう風に、ミズキとも会話したい。
ミズキとってゆうか、彼氏と。
私とミズキにはこういう会話がない。
あるのは彼の愚痴を聞いて、私がそれを宥めてあげるだけ。
ケイはしばらく私の相手になってくれて、私がアクビしたのを見て新しい歯ブラシを出してくれた。
『私、硬いの苦手なんだけど。』
「知るかよ。それ俺の予備だし。お前、こないだ来た時俺の使ったろ。」
いいじゃん別に。
私、虫歯無いし仕事柄一日5回は歯を磨くし。
こないだと同じように、私は背中向けて、ケイは仰向きでベッドに入った。
『明日、仕事?』
「休みにした。」
『何で?』
「寝不足。」
寝不足って、欠勤理由にならないでしょ。
『よくそれでお店やってけるね。』
「バイトいるしね。」
『ねぇ、ダーツバーって儲かんの?』
私の質問に、ケイは溜め息ついた。
「普通そういうの、ストレートに聞く事じゃねぇだろ。」
『だって、リカがユキの家も豪華だったって言ってたよ。ケイだって綺麗なマンション住んでるし。』
「店の経営自体は上手く行ってるし、てかダーツって大会賞金があんだよ。」
『え、そうなの?』
「まぁ、その前に俺もユキも実家が会社やってっから。」
『そうなの!?じゃあなに、ボンボン!?』
思わず興奮して、ケイのほうを向いた。
いっそ嫁にもらってくんないかな。
なんなら養子でもいい。
「いや、会社っつってもお前が思ってるようなもんじゃねぇと思うよ。ユキんとこは建築関係。寺とかそういうの建てるやつ。
俺は親父が健康食品とか売ってる会社してる。別にお前が名前知ってるような大企業ってわけでもねぇよ。
ただ小さな会社やってるってだけ。」
健康食品ってーー
『それなのに、ケイは不健康な生活だよね。』
それならもっと健康に気を使おうよ。
「関係ねぇよ。お前、医者だってタバコ吸うやついるだろ。」
『まぁ、確かに。』
ケイと話すのは楽しい。
最初は無口で不機嫌そうで何この人。とか思ってたけど。
実際は楽しい。
「お前は、明日仕事?」
『明日は店休日。リカと買い物行く約束。』
「何時から?」
『昼からの予定だったのに、ユキと会うからって夕方に変えられた。』
「あぁ、ユキね。」
あの二人、どうなってんのかな。
しょっちゅう会ってるぽいけど、リカは他の男の子とも関係があるし、ユキには噂もあるし。
「そろそろ寝ようぜ。」
会話が途切れて、寝に入ろうとしだした。
てかーー
『ずっと思ってたんだけど、枕一個ちょうだいよ。』
いつもケイが二個とも使ってるから、私はマットに直接頭をおかなきゃいけない。
かなり寝にくい。
「知るかよ。これは俺のベッド。」
『は?一個ならいいじゃん。』
無理矢理奪ってやる。
そう思って手を伸ばしたらーー
『痛っ!』
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