文化祭の一週間前の土日がこんなに修羅場だとは去年の僕は想像もしていなかった。 校門装飾のデザインが予定よりも酷く遅れて出来上がったらしい。その上、ベニヤ板に下書きを書きカッターナイフで下書き通りに切り出すという地道な作業は、装飾スタッフ総出でも遅々として進まなかったのだそうだ。 そのため、僕と野々田と花折、それからもう一人が助っ人として駆り出されてしまっている。 「あのあの、みんなほんとにありがとうね! 協力してくれて嬉しいの!」 僕らが閉じ込められた一階空き教室は机と椅子が後ろの壁際に寄せられて、床には二枚のベニヤ板が敷かれている。 柔らかい声とともにその教室のドアを開けたのは、クラスメイトで装飾スタッフの二年生代表、四ッ谷 紗子。 花折と同じくらいの小さな背丈に染める前から茶色いふっわふわの髪。色白で大人しそうな容姿に反して、実は運動神経の良いアウトドア派だ。 短く裾をつめた制服のスカートに上は可愛らしい黄緑色のTシャツを着て、両手には缶ジュースを抱えている。転びそうで危なっかしい。 「はい、これは僕からの差し入れね。好きなの選んで!」 「わあ、ありがと、紗子ちゃん」 「どういたしまして。綴ちゃんはどれがいい?」 真っ先にジュースに飛び付いたのは花折で、四ッ谷と二人できゃいきゃいと騒いでいる。 小さくて可愛い二人が華やかに笑いあっている様子は目の保養になるけれど、今は少しの時間すら惜しいのか本音だ。 「おい、そこのちび二人。口よりも手ぇ動かせ、手!」 どうやら僕と同じことを思ったらしい、可憐な少女(片方は少年だが)に荒っぽい言葉を投げつけたのは、同じくクラスメイトでもう一人の助っ人、原田 悠斗。 中学の頃からの友人で、見るからに素行の悪そうな茶髪。四ッ谷とは違って、これは高校に入ってから染めた色だ。 「ちょっとー、せくはらだくん。ちびは酷いよ! ちびはちびなりに悩んでるんだよ!」 「そ……そうですよ原田くん。ちっちゃいと不便なこともいっぱいあるんですから」 腰に手をやって勢い良く言葉を返した四ッ谷とは真逆に、花折は敬語で控えめに反論した。 花折の中で一体どういう基準があるか分からないが、敬語を使う相手とそうでない相手がはっきりと分かれている。 僕と野々田、四ッ谷に対しては気軽にため口で話すけれど、いくら親しくしていても悠斗には絶対に敬語で話し掛けるのだ。この辺りにも、僕がこいつの恋人だと疑われる理由がある。 「まあまあ、原田。そんなに苛々しなくてもいいだろう」 「あ! りゅーちゃんもそう思う?」 「ああ。朝からずっと細かい作業をしていたんだし、もうお昼時も過ぎてしまったよ。ちょうどいいから今からご飯にしようじゃないか」 ふわりと立ち上がって笑った野々田は、ショートパンツにノースリーブの妙に露出の多い格好で、いくら休日とはいえその格好で学校に来た勇気には感服してしまう。 「ほら、君らも一緒に屋上にでも行こう。ちゃんとお弁当も作って来てあげたから」 柔らかく微笑んだ野々田に負けて、僕たちは強制的に屋上へ向かった。 |