「つーづりちゃん。数学教えてー?」 「あ、良いですよ。どれですかー?」 綴は人気者だ。 可愛らしい容姿と品のある立ち居振る舞いと親しみやすい雰囲気、成績も良いこともその一因だろう。 けれど、繰り返すが、あれは僕と同じ男なのだ。僕と話すときは一人称が変わるし言葉遣いだって粗雑になる。別人みたいに表情も変わるから、これが二重人格というやつかと悩んだこともある。 今だって、女子の群れに入って笑うあいつは女の子にしか見えない。一緒に昼飯を食べる時間の方が悪夢なのかとさえ思う。 「――いいねぇ、青少年。恋人の友人に健全に嫉妬中かい?」 ぽむ、 癖のある口調で話し掛けられて、肩に手を掛けられた。 肩ごしに振り向けば、我らがクラス委員長が眼鏡の奥でにやにや笑って僕を見下ろしていた。 「……別にそういうんじゃない」 「あらそう。お姉さん残念」 「お姉さんって言うな。同い年だろうが」 クラス委員長、野々田 柳。 黒髪を耳の横だけ三つ編みにした変わった髪型で、秀才ぶった銀縁眼鏡。グラマーという表現の似合う体つき。 男前な性格のため、あだ名は「兄貴」。まあ少なくとも、話の分かる人間であることには間違いない。 「さて。恋人に可愛く嫉妬中の君には悪いけれど、ちょっと手伝ってくれるかな? 配布物を取りに来るように担任に言われているものでね」 「ああ……いいけど、僕でいいのか? 布川とか、もっと力のあるやつの方が……」 「いや、いい」 きらりと、眼鏡越しの瞳をきらめかせて野々田は首を振った。 「ちょっと相談したいこともあるんだ」 「……ふうん? まあ、構わないけど」 「物分かりがいいね。素敵だよ」 「そりゃどうも」 くすくすと笑った野々田に続いて教室を出かけると、花折は白々しく「あ」と声をあげた。 「逸仁くん。どっか行くの?」 「ああ、うん。ちょっと、委員長の手伝いにな」 「そーなの?」 花折は、今度は野々田に首を傾げた。くりん。大きい瞳が彼女の姿をいっぱいに映す。 「そうなの」 花折の視線に柔らかく微笑み返して、野々田は僕の肩に両手を置いた。 慈愛に満ちた笑み。昔から、野々田は可愛いものが大好きなのだ。 「悪いねえ、綴。ちょっとだけ借りるよ。すぐに返すから心配しないで待っててくれるかな?」 「んー、いいんちょがそう言うなら」 でもすぐ帰って来てね、淋しいから、と愛らしい笑顔を見せる花折につい溜め息を吐いて、冷たい空気が満ちた廊下に出た。 |