「――そーいえばさ、逸仁は人食ったことある?」 兎みたいな長い長い髪をしゃらんと揺らしてそいつ――花折 綴は可憐に首を傾げた。 うららかな春の日差しを浴びる屋上。花折に無理矢理連れて来られたここで二人で昼ご飯を食べるのが、今は習慣になってしまっている。 しかしそこには問題があって、そのうちの分かりやすいものを挙げるとすれば、僕とこいつは付き合っていると勘違いされていた。 「いや、さすがにないけど……お前はあるのかよ。それとも比喩か?」 「んーにゃ。比喩じゃねーよ」 そう言って、花折はサンドイッチを頬張った。 ちっちゃなお口にそれは大きすぎて、むぐむぐとしばし苦戦する。 「リアルで現実的でマジな意味で、人間を食べたことはありますかー?って聞いてんの」 激しく重複した表現を使って、花折はにやにやと僕を伺った。黒い瞳は青空と僕をいっぱいに映して、無邪気に輝く。 「や、食人の趣味はないし……犯罪だろ、それは」 「昔、佐川一政って人が人食ったって捕まった……パリなんとか事件、知ってる?」 「いや、知らんけど」 素っ気なく返すと、不満そうな顔を向けられた。膨れっ面でも可愛いけれど忘れるな、こいつは男だぞ、僕。 「そのときは、精神異常だーとか言われて不起訴だったらしいよ。だからうまくすればうまくいくんじゃねー?」 「……そういう話はマジでやめろ。ただでさえ不味い飯が更に不味くなる」 「作ってる人に失礼でしょーが」 「僕が作ってるからいいんだよ」 ふうん、と花折は小さく笑った。もくりとサンドイッチを咀嚼して、「そういえばね」とまだ続ける。 「柘榴は人肉の味っていうけど、逸仁はどう思う? やっぱりよくいうように、酸っぱいのかな? さっき言った佐川って人曰く、人肉はまったりした味らしいけど、柘榴ってまったりしてるかな?」 「……どう思うもなにも、それを初めて聞いた」 「マジかー。一般常識だと思ってたのに」 普段から丸く大きな瞳を更に丸くして、花折は言った。 こいつは本当に男なのだろうか。神様も血迷うことがあるらしい。 「昔話みたいな感じだけどね、そういうんだよ。昔話にも色々と食人に関する話があってね、ほら、かちかち山とか。ファンシーに言ってるけどおばあさんが食べられてるし」 「食べたのは人間じゃないだろ」 軽く返すと、花折は抗議するように拳を作って駄々をこねるように言葉を続けた。 「そうだとしても、食べられたのは人間だよ。つまりさ、逸仁。人間だって所詮は牛とか豚と同じもので構成されてるわけで、所詮は同じたんぱく質と水とその他諸々の化合物なわけで、所詮は同じ肉なわけで、それは食糧にするのは不可能ではないってことだし、極限状態においてはある程度大目に見られるかも知れないから、」 キーンコーンカーンコーン 高いチャイムの音が、花折の声を空へと攫った。 「――あ。予鈴」 ぱたりと動きを止め、花折は時計に目を向けた。興奮とともに上下にぶんぶんと振っていた手は空中にぴたりと固まり、それからゆっくり弛緩するように手を下ろす。 「教室戻らなきゃだー」 「……ああ、そうだな」 午後の授業とかかったりー、と呟いて、花折は嫌々立ち上がった。短いスカートの揺れは気になるけれど、いや、負けるな自分。 「帰ろー」 「ん」 花折の言葉に頷いて立ち上がり、にこにこと笑うそいつを追う。 長い髪から香る甘いシャンプーの香りに微かに鉄の……血の香りが雑ざっていることに、僕はまだ気付いていなかった。 |