黒衣の金獅子
[蛇と蝶と蜘蛛](1/1)


ーここひと月の間に佐幕派浪士が約50人も殺された、その中には見回りをしていた我々の隊士達も含まれていて、どれも皆、無残な殺され方だ。八つ裂きにされた者、毒で紫に変色した者、
頭を潰され者、胴と首が分かれた者‥‥死体の様子から見て相手は暗器を使う忍者だ。この惨状を分かっていながらもはや見すごすことなどできない。
しかし我々は誠をかかげる誇り高き武士の集団。毒や飛び道具を使う忍び相手に刀一本で正々堂々の戦いなどできるわけがないんだ。だからこの任務をお前達に託す。敵方の忍者集団を討ち取り、この世を去らねばならなくなった誇り高き隊士達の無念をどうか晴らしてくれー



ー御意ー

ーその代わり貴方達はけして、こちらの世界に入り込まれますな。
我々が闇で暗躍し、黒に染まるかわり、貴方達は太陽輝く眩い光の元、その誠の旗をかがげ、曲がる事なき信念を貫き通して下さい。それこそが我らの願いー


ー勿論だ、そして必ず、侍が切り開いた泰平になった日本の夜明けをお前らに見せてくれようぞ!ー



ー皆、聞いたな。さあ今こそ新撰組監察方の俺たちの出番だ!先ずは京の宿という宿をしらみつぶしに探せ!手段を選ぶ必要は無い!倒幕派の忍集団が潜伏しそうな宿を探し出してその首を討ち取るんだ!ー






日が沈みボンボリに火が灯され京の夜が幕を明ける。

『壱、壱ー?』

嵐は屋敷の中で壱鎖を呼びながら探すが姿が見えない。今日だけではない。最近夜になると壱鎖の姿が見当たらないのだ。一体いつも何処に行っているのだろう。嵐は一つため息をついた時だ。

『あの鎖男は遊郭に行った。』

嵐はワッと声をあげる。稽古や使命の時にしか現れない凪の姿があったのだ。こうして普段姿を表して会話するなんてすごく珍しい。寧ろ初めての事かもしれない。
嵐は遊郭?と問うと凪はシレっとして。お前経験無いのか?と逆に問われてボンと嵐、赤面する。

『な、凪さん!凪さんは知っていて壱を遊郭に行くのを止めなかったのですか///!!』

嵐は赤面して下を向き動揺したまま話すと声が思わずうわずる。

『女を抱くだけ、性欲の処理だけなら行くなとは言わないさ。お前も行きたければ行ってくればいい。』

嵐は頭から湯気が立ちのぼる勢いで益々赤面して。『おおお俺は結構です!!』といって走って部屋に戻る。凪はその様を見てフゥとため息を漏らし。鎖男の言ったとおりだな。金髪は女が苦手だな、アレは。内心そう思うと背伸びをして。

『私もそろそろ、化けるとするか…』


凪もまたその場を後にした。




ーとある一角ー
甘い女の高い声が響く
唇が重なり互いの指や足が絡む


『毎日ウチに会いに来てくれはるなんて嬉しい、な、忍者さん』

それは目を見張るような絶世の美女
陶器のような白い肌と黒く絹糸のような長い髪細い指先で男の胸板に手をおき憂いを秘めた瞳でウットリと見上げる。

『お前も変な女だよね、好いた男を殺した男に惚れるなんて』

聞き覚えのある深みのある、だけどどこか優しい安定した男の声。

『忍者って呼ぶなよ、名前教えたろ?呼んでよ揚羽、お前の声でさ』

女はどうやら揚羽という名前らしい。揚羽はゆっくり男の耳元に口をつけるように囁いた。


『壱鎖……』


そう、その男こそまさに壱鎖だったのだ。壱鎖と壱鎖は一つの布団の中で遊女と肌を寄せ合い寄り添っていた。

『勘違いしてる…ウチはあんたが殺した浪士とは恋仲でもなんでもあらへん。こないな仕事をしてるさかいに、ただそのとき偶然一緒におっただけや』

『俺もか?』

壱鎖が体を起こし眉をひそめて心配そうに問えば揚羽はクスクス笑いながら話す。

『好いてなかったら毎晩酒代しか払わない相手にこないな事する?』

壱鎖はその言葉にホッとしたような微笑みを見せる。

『ねぇ揚羽、好きって言って?』

壱鎖は揚羽にギュッと抱きついて話す。

『んふふ、どうしたん?今日はいつにもまして甘えん坊さんやなぁ』

揚羽は抱きついてきた壱鎖の頭を微笑みながら撫でてやり話す。

『だってあんな仕事してるから、疲れるんだもん。』


『あんな仕事って?』

『忍び業、この前は1人で10人くらい討たなきゃならなかった。最初は世の中を変える為とか言ってたけど疲れたよ。』

そう言って甘えてくる壱鎖を揚羽は優しく柔らかい胸で受け止める。

『疲れたならいつでもウチの所においで、辛いならいつでもウチの所に吐き出しに来て。ウチはいつでもあんさんの味方、でもウチは受け止める事しか出来ない非力な女やけど、そのかわりどんな大きな傷でも受け止めてあげるから………壱鎖、、、好きよ。貴方の力になりたい。だからなんでも私に話してね?』


揚羽は壱鎖の額に一つくちづけをした。壱鎖は嬉しそうに微笑み、そして

『揚羽、明日ひま?俺ん家遊びに来ない?』

揚羽は驚いた顔をするが嬉しい反面悲しそうな顔をする。

『ウチはこの遊郭に買われた身、外に安易に出ることは叶わんのや。お客さんの相手しかしやん夜以外で、お天道さまの下を歩くことなんてもう何年もしとりゃせん…』

『大丈夫だって!見つかったら無理やり俺に連れ出されたって言えばいいだろ?金だっていくらでもある。揚羽、俺はキミと外の世界を歩きたい!』


揚羽は嬉しそうに目を潤ませて微笑んで。

『壱鎖…分かった。ウチもあんさんの事もっと知りたい。』








翌朝

『お、女だ‥‥しかも美人だ』

吠児がポカンとして呟く。
しかし隣にいた嵐はガクブルと震えだし声をあげた。

『い、壱!!お、お前!なに考えてるんだよ!!!!』

玄関で壱鎖の声がしたと思い、嵐と吠児がふらりと出向けばその光景に吠児は呆然、そして嵐は蒼白になる。

なんせ壱鎖が女を連れて帰ってきたのだ。

山小屋育ちの彼等はまともに本物の女と話した事もなければ相手もしたことが無い。アホな吠児はすっかり壱鎖の連れて帰ってきた女に見とれて鼻の下を伸ばしているが、嵐はキャンキャン喚くように唾を飛ばし動揺を激しくながら話すのだった。
そんな2人をよそに等の壱鎖本人はいつもの飄々としたペースで話しだす。


『紹介するよ、島原の揚羽。俺の女。美人だろ?』

自慢気に揚羽の肩を抱き寄せて嵐や吠児に見せつけるように二カッと笑う。

『おおきに』
揚羽は頭を下げた。吠児は何度も言うがアホなものだから頭を下げた時に見える胸の谷間を凝視してニヤつき、一方嵐は血相を変えて壱鎖の腕と吠児の腕を掴んで一旦揚羽から無理やり離す。

『嵐、乱暴にすんなよな。痛いよも〜』

壱鎖が言うと嵐はバッと壱鎖の腕を離してガッと肩を掴んで揺さぶる。

『壱、お前、翁や凪さんにバレたらどうすんだよ!拷問、下手したら切腹もんだぞ!なあ、お前どうしたんだよ‥‥修羅がどうこうとか使命がどうこうとかお前がイの1番に言ってだろ?!』

『お前ちょっと煩い』

嵐がワーワー言ってると壱鎖は軽く嵐の頭を小突く。

『まじ美人‥‥すげぇいい匂いする///』
吠児がポーッと惚けた顔をしてそう言えば嵐は『お前もしっかりしろ!』と頭をポカッと一発殴る。


『とりあえず話はあとあと‥‥揚羽〜!入っておいでよ!俺の部屋案内する!』

玄関で待つ揚羽に聞こえるように壱鎖は大きい声で揚羽を呼んだ。

嵐は『壱鎖!』と呼び止めるも揚羽を屋敷の中に招き入れて。2人で足早に壱鎖の部屋に行ってしまう。




『なあ‥‥ウチ来て大丈夫だったん?』

揚羽は壱鎖の部屋に来ると揚羽は心配そうに壱鎖を見上げた。

『大丈夫、大丈夫、あまりに美人な彼女が来て皆嫉妬してるだけだから』

壱鎖は笑いながら話すが揚羽は深妙な面持ちで話す。

『でも、さっきの子。女出来たら拷問とか切腹とか言うてたやん、ウチ忍者の世界分からんから…なあ、本当にだいじょ‥‥』

次の瞬間揚羽の言葉を遮るように壱鎖が口づけでその話す口を塞いだ。 

『やめよう‥‥せっかく部屋に2人きりなんだからそんな気分下がるような事言わないの』

口を離せば壱鎖は揚羽の腰に手を回して抱き寄せて笑いかけ。揚羽が『だって…』と言い、話を続けようとすれば壱鎖は腰に回した手で器用に揚羽の着物を捲り手をすべらせ太ももを触る。揚羽はビクッとして『日が昇ったばかり…』と困惑するが壱鎖はそんな揚羽をよそに首に吸い付いてー・・・








気付けば揚羽は眠っていたらしい。
目が覚めると自分の体には薄い布団がかけられていて脱がされた着物は綺麗にたたんである。壱鎖を求めて体を起こすが姿が見当たらない。揚羽は着物に袖を通して立ち上がる。すると壱鎖と誰かが話をしている声が廊下から聞こえるのだった。揚羽はそっと襖に耳をあてる。

『お前、目を覚ませよ!一体どうしちまったんだ!』

玄関であった人の声だ、嵐…さんだったかな?揚羽は黙って耳をすます。

『なあ、嵐落ち着けよ。人の話聞けってば』

壱鎖だ。

『なあ、嵐、吠児、山小屋からの付き合いだろ?協力してくれよ。頼む。』

壱鎖のその言葉に、そこには嵐と吠児がいることが分かった。
協力なんてふざけるな!という嵐の声が響くと壱鎖がすかさず『声がデカイ!』とい諌める壱鎖。


『お前らちょっと耳かして…』

壱鎖が小声で何か2人に伝えている。だが襖ごしではその言葉だけは聞き取れなかった。


『…そういうわけで俺、はじめてなんだ…女の人をこうして招いたり、毎日のように会ったりするのさ。だから頼むよ揚羽の事、協力して欲しい!』

『そうだったのか…分かったよ‥壱、お前そこまで本気なんだな。あの女の事、できる限り協力してやるよ。』

壱鎖の言葉のあとに嵐の深いため息が聞こえてから嵐の言葉はさっきの尖りが無くて穏やかなものだった。

『壱が珍しく頭下げてきたからな…協力しないわけにもいかないっしょ』

吠児の声。
揚羽は襖から一度離れ、俯き座り込む。
壱鎖との出会いは本当に数奇なものだった。ある日、普段通り変わらなく客の相手をし、その相手に外に行こうと言われて出た夜の道。
その日相手していた男が佐幕浪士。2人で歩いていると途端に男が持っていた提灯が落ちたと思ったらその男の首も一緒に落ちて、首と胴がバラバラになって落ちた向こうにあの人が立っていた。

壱鎖。

最初はその場でこの男のように殺されたくないから、泣きながら衣服を脱いで壱鎖に苦し紛れに抱きついただけ。

でも、案外簡単に壱鎖はのってきてくれた。

その日から、壱鎖は自分の働く遊郭に遊びに来るようになった。
彼は何でも揚羽に隠さず話してくれた。そして揚羽もまた、壱鎖と一緒にいて分かった事があったのだ。残忍な殺し方をした彼だけれど、話してみると根は優しくて穏やか。頭も切れる秀才な面もありそしてなによりどんな女性もその言葉で囁かれたら、誰しもが魅了されるであろう青年ということに。

そんな落ち度の無い素晴らしい男性に今自分は思いをよせてもらっている。

忍びという立場にも関わらず、見つかったら罰で拷問や切腹させられるかもしれないのに自分の危険をかいりみないまで私と一緒に居たいと思ってくれる。

ましてや忍びの仲間にまで協力を請い、私にたいして何か企画してくれている。

壱鎖…


壱鎖…


壱鎖…





あはは、男ってやっぱり馬鹿よね。


座りこみ俯いていた揚羽が顔をあげると何かを企んだ目をして不敵に笑みを浮かべていた。


本当、男ってお猿さん。
素肌を見せて色で惑わして優しい言葉をかけさえすれば意図も簡単に手玉になるんだから。



まさか偶然出会った相手が『あの人』が探していた倒幕派の忍者だなんて。

揚羽は肩を抱いた。

ーすべては、唯一私が認めた『あの方』の為よー



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