黒衣の金獅子
[始まり](1/1)
「源郎斉、そやつはそなたの倅(せがれ)か?」
戦場には何千何万の死体が転がっている。あたり一面血と肉が腐敗する匂いがたち込め、首の無い死体の肉を多くのカラス達が啄ばむ。 
その中に、長州藩士宮下源郎斉は一人息子の首を抱え力無く座りこんでいた。
「親方様、私の息子、宮下高楼斉はまだ15にも満たぬ幼き子。この憎き戦いが無ければ無限に広がる可能性を秘め、輝かんばかりの朝日がこの子に降り注いだはず。親方様・・・私はこの世が憎くて仕方のうございます。」
源郎斉は妻が命を犠牲にして産んだ息子を守れなかった悔しさ、そして不浄なこの世を思えば、ぶつけようのない怒りからか血がにじむほど、強く唇を噛みしめた。そんな姿の源郎斉を見て親方もとい、総大将は目を閉じて静かに語りだした。

 「源郎斉よ、この忌々しい戦はまだ始まったに過ぎない。これからこの世は攘夷と倒幕に分かれ、動乱の時代が幕を開けようとしている。そして・・・また多くの犠牲が出るであろう。それもこれも、世界を受け入れぬ狭き者たちが悪い。源郎斉、倅に見せることの出来なかった海の彼方に無限に広がる可能性を、この日本にその狭き視野の者たちに見せたくはないか?」  
源郎斉はゆっくりと顔をあげて親方を見て静かに頷いた。源郎斉の瞳の奥に宿る炎を総大将はすぐに見抜いた。
「源郎斉、狭き視野を持つものを討ち取る刺客を育てよ。志士では無い、刺客だ。使命を全うする鋭き刃を育てよ。この命(メイ)はどんな手を使ってでもこの世を変えたい意思が最も強いお主にしか出来ない。」

総大将が熱く語れば源郎斉は見開いた愛息子の瞼にそっと手をそえ、またそっと手を離せば倅は安らかに目を閉じる。

「親方様、この宮下源郎斉。本日より宮下源郎斉という名前も、長州藩士という身分を捨て、己が闇に染まりこの日本に新しい日の出をみせる倒幕の影になり候。いざ御免仕る。」

源郎斉・・・いや・・・今となっては名前も無い一人の武人。
翁(おきな)
翁は倅の首を置くとゆっくり闇に向かって歩き始めた。


           



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