壁に追い込まれる藍里。
手にナイフを持った元秋…。
元秋によって、乱暴にはだけさせられた服。
ー力で来られたら、かなわないー
昼の時の輝のそんな言葉を思い出す。
(…輝。ごめん。言うとおりでした。)
心の中で彼の忠告を無視した自分を呪ったが、後の祭りであった。
どうするべきか。
悩んでいたその時だ。
「とまれ!」
突如響く別の男性の声とともに、ガッシリと元秋は肩をつかまれ、それ以上の行為を力強いその一言で止められた。
鬱陶しいとでも言うように、後ろを振り返る元秋。
「誰だ?テメェ…。邪魔すんな。」
「…悪いな。嫌がってる女に少し、おいたが過ぎたんじゃねぇのか?」
そういった彼は、元秋の顔の前に、手帳を見せる。しかし、その手帳は元秋を止めるのに十分すぎるものであった。
「サツ…?サツがどうしてここに…?」
その言葉に反応した藍里が顔を上げる。その人は、つい最近会った知人で、その姿に安堵する。
「か…笠村さん…!……でしたっけ…?」
最後は小さい声で呟いたが、それには気にもとめず、笠村は藍里の姿を見て
「大丈夫か…?」
と訪ねる。
藍里が頷いたのを合図であるかのように、元秋はあざ笑うかのように答える。
「はっ!何勘違いしてんだ?お巡りさんよぉ。これはな、こいつが同意の上でやってることなんだよ。お仕事に来たのに残念だったな。」
「だから違う!話を聞きに来ただけだ!渡野徹朗殺害のことについて!」
「!?」
父親の名前、そして、事件の被害者の名前に元秋と笠村が同時に驚いた。
「渡野徹朗…?こいつ、関係者か?」
「…彼は、渡野徹朗と嘉代子さんの息子さんです!!」
「はぁ!?」
思わぬ言葉に声を上げて目をぱちくりさせた笠村は、改めて元秋を見る。
「…気持ちわかりますが落ち着いて聞いてください。彼は正真正銘、渡野徹朗の一人息子の元秋さんです。あのとき、どういうことか嘉代子さんは嘘を言っていたのですよ…!」
「はっ!嘘ねぇ…嘘もつきたくなるだろうよ。こんな息子持ってちゃな。」
「……認めるんだな?」
眼孔を光らせて、笠村が訪ねると元秋は頷きもせず、そのまま藍里からスッと離れ、ズボンのポケットに手を入れた。
離れた瞬間、危機が去ったという安堵感から、藍里は震えながら息を吐いた。
(…た…助かった……。)