産んでいたらこうなったかもしれない
2[今、生きていること](1/2)
 こんな事ってあるんだろうか。彼女と僕が腹違いの兄妹だなんて。僕は母を恨んだ。彼女は彼女の父を恨んだ。僕たちを結ばれない運命に陥れた何かを憎んだ。

 僕は父の転勤で移り住んだ地方都市で生まれた。ごく普通に生まれて育ち、2歳の時に再び父の転勤で父の実家のある東京に戻った。東京で生活し、今に至っている。平凡で何の問題も無く(似ていないことを除いては)、姉たちは嫁ぎ、甥や姪が人並みにいるだけの一般的な日本人家庭だった。彼女と会うまでは。

「私の父もあなたのお母さんと同じ反応だったの」
「どういうことだろう」
「2人は知り合いってことかしら」
「共通点がありそうにない」
「わからないわよ」
「たとえあったとしても知り合いなだけだろう」
「そうね」
 話をしていくうちに、彼女の父と僕の母の接点がみつかった。僕たち家族が地方都市に住んでいた丁度その頃、彼女の父親はその市内の大学に通っていた。4年生を2回やって卒業した。母のあの苦笑いには深い意味があったんだ。ようやく分かった。
「正之さん・・・」
「え?」
「字は違うけれど、あなたも私の父もマサユキなのよね」
「偶然だろう」
「そうかしら」
 なんだかぞっとした。
「あなた・・・私の父に似てる・・・そう思って見ればだけど」
「まさか・・・やめてくれ」

 母に問いただしてみよう。こういう話を切り出してもうろたえるような母ではない。
 
 案の定母は溜息を1つ漏らしただけで、まるでいつものように例え話でも聞かせる口調で話し始めた。彼女と僕が恐れていた通りだった。
 この母が浮気? 37歳の時、22歳の大学生と? 15歳も年が違うのに? 母は僕を身籠った。堕胎しようとも思ったって? 僕は生まれなかったかもしれなかったって訳か。命を授けてくれて、殺さずにいてくれてサンキュってとこか。しかし折角巡り会った彼女と僕の人生はどうなるんだ。
 母は涙1つ見せなかった。
「彼を愛していたからどうしても産みたかった。彼の子どもが欲しかった。堕ろすのは怖かった。歳が離れていると思うわよね。可笑しいわよね。ママはどうかしてたのかな。運命だったのよ。彼と私が出会ったのも、生まれて来たお前が彼の娘と出会うのも。こんなお婆さんになっても、まだお前の本当のお父さんのこと愛してるって言ったら、お前には滑稽に聞こえるかな」
 知的で情熱的な母の若かりし頃の恋が見えるような気がした。そのために彼女と僕は不幸になる訳だが許そうと思えた。
 彼女と僕、彼女の父と僕の母、この4人が黙っていれば、この秘密を一生誰にも語らずにいれば見た目にはごく普通の結婚ができる。子どもは作らなければ良い。子どもを作らないがために家庭が崩壊するなら、それはその時に考えれば良い。それだけのものだったと諦めがつく。
 母はよく言っていた。
「今が大事なのよ。結果は後からついて来る。くよくよしたら時間の無駄」
 母は僕たちの結婚に反対しなかった。彼女の父親もだ。何も知らない彼女の母親や僕の父親など、反対する理由も無い。結納はしなかった。結婚式は2人だけで挙げた。披露宴もしなかった。今風の考えの親で良かったよ。そんな簡単な事じゃないのは百も承知さ。

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