ESCAPE
 [ ESCAPE](36/40)
(U)



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 学校は今日も休日で、活気溢れる部活の声も聞こえてこない。

 昨日と同じ場所に車を停めて、閉まったままの門扉の前に立って、携帯を取り出した。

 どうしても伊織を一人で帰らせる事が心配で、途中、適当な駅で伊織を降ろした時に、この携帯を持たせようとしたのだけど……。

『伊織、これ、持っててくれないか』

『先生、心配し過ぎ』

 助手席のドアを開け、半分降りかけていた伊織は、肩越しに俺を見て呆れた声でそう言った。

 ――もう今頃は、鈴宮の家に着いた頃だろうか。

 なんて、無意識のうちに鈴宮の家に電話をしようとしている事に気付いて、自嘲してしまう。

 本当に、心配し過ぎだ。

 ――そうだ……、彼に連絡しておかないと。

 一旦、鞄に入れようとした携帯をもう一度握り直して、大谷のアドレスを呼び出した。

 電話をかけても繋がらないので、一応メールを送信して、伊織が今日引っ越すという事だけを伝えておく。

 大谷は、多分、伊織の実の父親が別にいるということを知らないはずだ。

 大谷がメールに気が付いて、すぐに鈴宮の家に向かってくれれば良いが……と思いながら、俺は昨日と同様に、裏門の門扉をよじ登って中へ侵入した。

 美術室も、昨日帰る時と何も変わらない。

 いつもと同じように、隅にはキャンバスを置いたイーゼルが、こちら側を背にしてひっそりと佇んでいる。

 昨日と同じように、ゆっくりと床を踏みしめて、俺は其処へ歩み寄っていく。

 イーゼルの後ろから回り込むようにして、絵の前に立った。

 夏休み、ここで一緒に過ごした日々が蘇って、胸を締め付ける。

 昨日と同じように、涙で視界が滲む。

 違っているのは……、

 外の風が穏やかなことと、伊織が、もう此処には来ないこと。

 それから……、俺が零した涙の理由も。


 
 まだ表面が乾き切らない絵を持ち運び用のクリップで止め、キャンバスバックに入れて、車の後部座席に固定させたところで携帯が鳴った。

『――先生、伊織が引っ越しって、どういう事ですか?!』

 かなり焦った様子の大谷の声が、携帯の向こうから聞こえてくる。

 まあ、無理もない。

 なるべく簡単に、分かるように説明をして、早めに通話を切り上げた。

『俺も、今から直ぐに伊織の家に向かいます!』

 ちょっと泣きそうな大谷の声を思い出しながら、エンジンを掛ける。

 想うのは、伊織のこと。

 その想いはきっと、それぞれに違う。

 大谷も、俺も、そして、鈴宮さんも。

 でも、これは決して別れなんかじゃない。


 ――『またいつか、もっと成長して、大人になって、あの景色を見に戻ってきたいから』


 伊織の瞳は、もう明日を見詰めている。

 そして、未来を約束してくれたのだから。



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