ESCAPE
 [ ESCAPE](20/40)
(U)


 俺を見上げた瞳が瞬いて、僅かに驚きの色を浮かべている。

「行こう」

 俺は、それだけ言って鈴宮の手を引いて歩き出す。裏門とは逆の方向へ。

 鈴宮は、黙って従いてくる。

 愛なんて、俺にだって説明出来ない。

 考えるよりも先に、身体は動く。

 ――鈴宮が欲しい。

 だけど、伝わって欲しい。君を心から想っていることを。

 それはもしかしたら、鈴宮を束縛していたあの父親と、同じ想いなのかもしれなかった。



 美術室の窓を開けて、鈴宮を先に教室に入らせて、その後に俺も続いた。

 さっき、慌てていて閉め忘れたカーテンを、シャッと音を立たせて全て引く。

 夏の暑い陽射しは、白いカーテンの生地を通過して、教室の中を淡く浮かび上がらせる。

「……先生……」

 背後で不安げな声が、俺を呼んだ。

 身体ごと振り向いて「おいで」と、手を差し出せば、鈴宮は戸惑いながらも、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 ふわりと腕を伸ばしてくる鈴宮の指先と触れ合った瞬間、俺はその手を強く握る。

 もう片方の掌を鈴宮の後頭部に回し、素早く引き寄せて唇を重ね合わせると、窓を閉め切った美術室の温度が、自分の熱で一気に上昇したような錯覚がした。

 細くて柔らかい髪を撫でながら桜色の唇を啄んで、僅かに離れたキスの合間に「愛してる」と言葉を注いで、深く唇を重ね直した。

 口付けを交わしながら、お互いの視線が絡み合う。

 至近距離で長い睫毛が、小刻みに震えていた。

「……ふっ……ッ……」

 桜色の唇を割り入り、その舌を甘く絡め取れば、

 鈴宮は頬を紅潮させながら、唇の隙間から乱れた呼気を漏らし、華奢な指が俺のシャツの裾をギュッと握る。

 合わせる唇の角度を変えるたびに、お互いの距離が近付いていく。

 俺は鈴宮の細い腰を抱き寄せて、鈴宮は俺の背中に腕を回した。

 身体の奥に灯った火が、ゆっくりと広がっていく。

 その行為は、まるで神聖な儀式のように思えた。

 お互いの舌を溶け合うように絡め合わせ、水音が立ち始めると、腕の中で鈴宮の身体の力が抜けていくのを感じる。

 漏れる吐息が、熱を持ち始めていた。

「……鈴宮……くん……」

 唇を僅かに離してそう呼べば、鈴宮は瞳を揺らめかせながら応えた。

「……伊織って、言って――」

 ――さっき屋上で、呼んでくれたみたいに……。

「……伊織……」

 さっき、鈴宮の名前を屋上で叫んだ時……。あれがきっと、自分の気持ちを確信した瞬間だった。

 ……俺は、君を愛している。



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