ESCAPE
 [ ESCAPE](15/40)
(U)



 ――まさか……。

「……考え過ぎだ」

 そうだ、考え過ぎだ。鈴宮は絵を仕上げに行くと、メモに書いていたじゃないか。――それなのに、これが遺書のわけがない。

「とにかく探さないと」

 絵を仕上げて、俺と入れ違いで、マンションに帰ったのかもしれない。

 その時の為に、玄関に鍵もかけなかったし、留守電にもしてこなかった。

 携帯を取り出して、自分の家に電話をする。

 もしも部屋に帰っていたら、しつこく鳴らせば出てくれるかもしれない。留守電にしていたら、たぶん気にも留めず、聞きもしないだろうけど。

 呼び出し音を聞きながら、俺は他の可能性も考えていた。

 もしかしたら、鈴宮の家に帰ったかもしれない。

 でも、それなら一言くらい言ってくれるんじゃないだろうか。

 俺に言えない行き先だとしたら…… 

 ――『僕を救ってくれるのは、凌しかいない……』

 昨夜の鈴宮の言葉が過る。でもそれも違うと思う。

 それなら、わざわざ絵を仕上げになど、来ないんじゃないかと思うから。

 だけど、思い付く所には、とにかく連絡をした方がいいかもしれない。

 呼び出し音を繰り返す携帯を一旦切って、アドレス帳から鈴宮の家の番号を探す。

「……どこにいる、鈴宮……」

 携帯を操作しながら呟いて、ふと窓の外へ視線を廻らせた。

 広い中庭を挟んだ南側の向こうの1号館は、校舎の中でも建てられた時期が一番古い。

 中は、何度か改装工事を施されているが、外壁等はかなり傷んだ箇所も残っている。

 危険なのでバリケードをして使用禁止になっているが、屋上へ続く螺旋の外階段も、古くて修復工事を必要とする箇所のひとつ。

 ――見間違いだろうか。

 今、その螺旋階段の屋上付近で、何か白いものがチラチラと動いたような気がした。

 クローゼットの中に見当たらなかった、白いシャツ。

 ――まさか?!

 頭に過った考えに、全身が戦慄する。

 飛び付くようにして窓を開け、目を凝らしてその一点へ視線を集中したけれど、もう何も見えない。

 気のせい? 一瞬の出来事だったので、本当に見えたのかも確信はない。

 人だったのかも分からない。目の錯覚で、鳥が飛んだのが、そう見えただけかもしれない。

 だけど確かめなければ、この胸の騒つきは、止められそうにもなかった。

 入ってきた窓を飛び越えて、1号館を目指して走る。

 校舎に囲まれた中庭は、結構な広さがある。

 昼休みになると、円形の花壇を中心に置いてあるベンチは、本を読んだり弁当を食べたりする生徒達でいつも賑わっている。

 普段は、俺もゆったりと居心地の良いと思うこのスペースも、今の状況では、どうしてこんな無駄に広いんだと、腹立たしい。

 その広い中庭を突っ切って、木々に囲まれた小道を走り抜けると、漸く1号館が見えてくる。

 錆び付いた螺旋状の外階段の上り口には、俺の胸くらいまでの高さのあるバリケードがワイヤーで固定されていて、

 赤い字で『危険、使用禁止』と書かれたプレートが貼り付けられていた。



- 285 -
前n[*][#]次n
⇒しおり挿入
/326 n
←TOP
HP

▼ESCAPE番外編『かりそめ』

▼『出逢えた幸せ』SS集

⇒作品?レビュー
⇒モバスペ?Book?

[編集]

[←戻る]