ESCAPE
07[ ESCAPE](28/34)
(T)



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 夜半に降り出した雨が、風と共に段々強くなってきて、遠くに小さく聞こえる雷鳴で目が醒めた。

 昨日、殆ど眠っていないのに、やはり狭いソファーで寝るのは慣れていないせいか、眠りが浅い。

 部屋に射し込む夜の仄かな明かりが、窓に打ち付ける雨を壁に映している。

 寝室で眠っている鈴宮は、この音で目が醒めたりしていないだろうか。

 大谷が帰る時、玄関まで見送った鈴宮は、それまで和らいだ表情を見せていたのに、リビングに戻るなり、神妙な面持ちでポツリと俺に訊いてきた。

『先生、家に連絡した?』

『……いや? ……して欲しくなかったんだろう?』

 俺が返した言葉に、鈴宮は小さく頷いた。

 正直に連絡した事を言って、鈴宮の父親の言葉を伝えた方が良いのだろうか。そうすれば、もしかしたら鈴宮は自分から家に帰るのかもしれない。

 頭の片隅でその考えも過ぎったけれど、結局言えないままだ。

 でも、このままにしておく訳にもいかない。明日にでも話してみようか。

 学校は夏休みに入っているけれど、教師は勤務日だから明日は学校に行かなければならない。

 鈴宮を一人残して行くわけにもいかないし、俺の顧問する美術部に行ってみないか? と誘ってみた。

 前にも一度、誘ったことはあったのだけど……。

 あの時は、けんもほろろに断られたっけ。

 だけど今回は、

『……なんで。僕、学校退学したのに』と怪訝そうにしていたが、行きたくないとは言わなかった。

『大丈夫だよ。退学届は俺のところで留めたままだし。君はまだあの学校の生徒だから』

 そう応えると、鈴宮は目を丸くして驚いていたな……。

 その顔を思い浮かべて、ふふっと、一人小さく笑い声を漏らしてしまう。

 制服が無いけど……まあなんとかなるだろう。

 今は、外に目を向けさせて、何にでも良いから、興味の持てるようなことを見つけることができれば。

 ――先延ばしにしている父親のことも、折を見て、ちゃんと話をしてみよう。

 そんなことを考えていると、不意に部屋の中へ明るい稲光が射し込んで、次の瞬間雷鳴が割れるような音を立てて辺りに響く。

 突然、耳をつん裂くように届くその音には、大人でも吃驚して肩が震えてしまう。

 いつの間にか雷がすぐそこまで近付いてきていた。

 雷の音が止んで、一瞬の静寂が訪れる。でも、またすぐ次が来るだろう。鈴宮がこの音に起こされなければ良いが……。

 その時、キィ……と小さくドアの開く音がする。

 上体を起こし、音のした方を見れば、鈴宮が寝室のドアを開けて立っていた。

 やはり、雷の音で起きてしまったか。そう思った瞬間、また稲光が部屋の中を蒼白く照らした。

 光の中で、鈴宮は怯えるように耳を塞いで、床へ崩れ落ちる。

 その光が消えないうちに被さるように鳴り響く雷鳴の中、鈴宮の小さな悲鳴が聞こえた。

「――鈴宮?!」

 慌てて駆け寄れば、鈴宮は耳を塞いだまましゃがみ込み、全身を小刻みに震わせている。

「……なんだ? そんなに雷が怖いのか?」

 いつも生意気で大人びた表情を見せる鈴宮が、こんなに子供のように雷を怖がるなんて意外だった。

 宥めるつもりで肩を抱き寄せると、細い腕を俺の腰に回して、しがみ付いてくる。

「……独りに、しない……で」

 雷鳴の音に掻き消されそうな小さな声で、途切れ途切れの言葉が聞こえてきた。



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