ESCAPE
07[ ESCAPE](20/34)
(T)


「……どうした?」

 動揺しているのを誤魔化す為に冷静さを装って問いかけたが、鈴宮は、まるで耳には届いていない様子で、テーブルの上のペットボトルへ手を伸ばす。

 だけど、その指先は目当ての物を掴めずに、僅かに掠めただけだった。

「……あ……」

 カタンと音を立てて倒れたペットボトルから、トクトクと水が溢れてテーブルから床へ滴り落ちる。

 テーブルの上に突いた鈴宮の手も、しとどに濡れてしまっていた。

 慌てて倒れたペットボトルを元に戻し、傍にあったテイッシュを数枚掴んでテーブルから落ちる水を堰き止めながら鈴宮を見れば、濡れた手を顔の前に翳し、滴り落ちる水へ舌を伸ばしていた。

 乾いた唇から伸ばした舌先で、濡れた白い手首を舐め上げる仕草に、俺は暫く我を忘れ見惚れてしまっていた。

「ま、待て、待て! ちゃんとコップに入れてやるから」

 漸く気が付いて、鈴宮をその場に残し、俺はキッチンへ行って、食器棚の扉を開ける。

  ――今……、何を考えていたんだ、俺は。

 鈴宮は、ただ無心に水を欲していただけで、他になんの意味もないのに。

 だけど、ほんの一瞬だったけれど、俺は今…… 確かに、その艶かしい姿に欲情してしまっていた。

 棚からグラスをひとつ取り出し振り向くと、鈴宮はダイニングテーブルの前で、もうペットボトルの水をそのまま口飲みしていた。

 俺は、もう用の失くなってしまったグラスを眺め、溜息をひとつ落とした。

「…… せんせい……」

 グラスを置いて気を取り直しダイニングへ戻れば、俺を見上げた鈴宮に、辿々しくそう呼ばれた。

 どうやら、俺だという事は分かっているみたいで、少し安堵する。

「どうした?  気分でも悪いのか?」

 だけど見上げてくる瞳には、いつもの勝気さは微塵も無く、同じ人物だとは思えないほど弱々しい。そしてすぐに視線を逸らすように長い睫毛を伏せて俯いてしまう。

「…… 帰りたくない……」

「…… え?」

 ーー 帰りたくない……。そう呟くように言うと、鈴宮は俯いたまま俺にしなだれかかってきた。

 細い腕が、纏わりつくように俺の首に絡められ、引き寄せられる。

 鈴宮はゆっくりと顔を上げ、虚ろな眼差しで俺を見つめていた。

「…… え、どうした……すずみ……っ」

 水に濡れた唇を重ねられ、言葉を失った。

 つま先立ちで、唇を押し付けてくる鈴宮に、全体重を掛けられて、俺は、二、三歩後ろへ蹌踉めいた。

 咄嗟に掴んでしまった鈴宮の細い腰。その掌に伝わる感触に、胸がまたドキリと跳ねる。

 合わさった胸に、首に回された腕に、唇の隙間から挿し入れられた舌に、理性が崩れていく。



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