ESCAPE
05[陽炎](48/48)



「―― そんなに身を乗り出したら危ないじゃないか」


 不意に背後から父さんの手に肩を掴まれて、耳元に低い声が落とされた。


「そんなに彼のことを、愛しているのか」

「…… 慎矢は、そんなんじゃ……」


 愛しているわけじゃない。


「おいで、伊織」


 熱い息が頬を掠め、父さんは包むように僕の身体を抱き寄せて、静かに窓を閉めた。






 唇を何度も啄ばまれ、鋭い漆黒の瞳に見つめられる。


「随分と、学校生活を楽しんでいたようだね」


 ……え?


「なのに、辞めたいなんて急に言い出したのは、彼のせいなのか」


 父さんは、僕のシャツのボタンをゆっくりと外しながら、確かめるように露わになった肌に視線を落とす。


「…… ちがう…… ん…… ッ」


 首筋を強く噛まれて、言葉は最後まで紡げない。


「違わないだろう? 嘘をつくなんていけない子だ」

「―― ッ」


 素肌を滑り下りた指に胸の尖りを強く摘まれて、息を呑む。


「遊びなら、いくらしても構わないが、私以外に本気になるなんて赦せないね」

「ッ、違…… ッ!」


 僕の身体を壁に押さえ付けながらズボンの前を寛がせて、挿し入れられた父さんの手に半身を強く握られる。


「学校は、辞めなさい」

「?!」


 学校を辞めなさいなんて、父さんがそんなことを言うなんて予想していなかった。 絶対に叱られると思っていたのに……。


「…… んんぅ……っ」


 性急に前を扱きながら、もう片方の手が後ろへ回り、濡らしてもいない後孔に、いきなり指を挿し込まれて息が詰まる。


「私以外の誰かに、心奪われるくらいなら、学校など行かなくてもいい」

「―― ちが……っ」


 違う…… 僕が愛しているのは父さんだけ!

 そう言いたいのに唇をキスで塞がれて、最後まで言葉を紡ぐことを遮られてしまう。

 ずっとずっと逢いたくて、気が狂いそうだったのに。 でも、ほんの短い間でも、慎矢はそのことを忘れさせてくれたんだ。 身体を繋げたわけでなく。

 そのことが、余計に父さんの気持ちを逆なでしたのか……。

 父さんが駄目だと言うのなら、僕はもう誰にも心を許したりしない。

 友達なんて、要らない。 父さんが居てくれるなら、それで全てが満たされるから。


 ―― 友達…… それは僕にとって、甘美な憧れだったのかもしれない。

 でもそんな夢を見るのは束の間のこと。

 儚く消える、陽炎のように……。


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