ESCAPE
05[陽炎](41/48)



「…… いえいえ、私は旦那様の連絡先は分かりませんよ。 どうしても急用のある時は、出版社の方に連絡するように言われてるだけで」


 少しぎこちなく聞こえる、いつも変わらないタキさんの答え。 だけど、僕はずっと前から、なんとなく引っかかってたんだ。

 中学の時、あの男が警察に捕まって僕が保護された時、どうして、タイミングよく父さんが帰ってきて、警察署まで迎えに来てくれたのか。

 あの時は、色んなことが一度に起こりすぎて、そんなことを考える余裕もなかったけれど。 他にも、不思議に思うことは、時々あった。

 だけどタキさんが、父さんといつでも連絡を取れると言う事は、今の態度ではっきりと分かってしまった。


「大切な話があるんだ」


 今までは、その事に気付いていないフリをしてきたけれど、今日はどうしても引きたくない。


「じゃあ、担当の方に連絡取ってもらうように訊いてみますけど…… でも大切な話って何ですか?」


 先に聞かせて貰えないと、急なこと以外で連絡するなと言われてるので、と続くのもいつもの事。


「…… 僕、高校を辞めたいんだ。 明日から学校行かないつもりだから」


 そう言うと、タキさんは驚いて、持っていたタオルを保冷剤ごと床に落としてしまった。


「なんてことを! そんな事、旦那様はお許しにならないですよ」


 珍しくタキさんが慌ててる。

 そう、こんな事、父さんは絶対許さないと思う。 だからこそ、僕が本気だと連絡すれば帰ってきてくれると確信していた。


「…… 学校で何かあったんですか?」

「…… 別に」

「ちゃんと辞める理由を教えていただけないと」

「それは父さんに会って、話すから」


 でも…… と、続けるタキさんの言葉を、僕は強い口調で遮った。


「もう決めたんだ。 だからちゃんと父さんに連絡して」

「…… 分かりました。 連絡してみますね」


 タキさんは、少し諦めたような表情で、そう言った。


 *


 タキさんが部屋から出て行って、ベッドに倒れ込むように横になると、無意識に大きな溜め息が出た。 短い時間の間に、色んなことがあり過ぎて、なんだかすごく疲れた気がしていた。


 ―― 父さんは、帰ってきてくれるだろうか。


 僕が学校を辞めると言ったら、きっとすごく怒るだろうな。辞めて何かをしたいわけでもないのに、許してもらえるわけもないんだけど。 でも、なぜだか今は、無性に父さんに逢いたい。

 父さんのことを考えながら、ぼんやりと見つめていた部屋の隅に、リュックが置いてあるのに気付いて、思いだした。


「…… あ……」


 それは慎矢の荷物だった。

 ゴールデンウイークに、初めて慎矢が泊まりに来た時、持ってきた荷物は、その後も、いつでも泊まりに来れるようにって、置いていったんだった。




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