ESCAPE
04[背徳](23/45)



 聞こえるのは、傘に打ち付ける雨音だけ。

 まだ校門を出て間もないのに、慎矢と触れ合っている方とは反対の右の肩は、雨に濡れてブレザーの色が変わっていた。

 でも僕よりも慎矢の方が濡れている。 ブレザーの肩から肘にかけて、ぐっしょりと。

 それはきっと慎矢が僕を気遣っているから。 傘はずっと僕の方に傾けられたままだった。

 慎矢は黙りこくったまま、何も話さない。

 雨音を聞きながら、暫く僕達は無言で歩いていた。


「慎矢、傘……」


 と、もう一度傘の柄を持つ慎矢の手をそっと押すと、僅かにピクリと慎矢の身体が跳ねた。


「もっとそっちに傾けないと、慎矢の方がびしょびしょになってる」

「あ…… うん、これくらい平気だよ」


 慎矢は、ちらっと自分の左肩を見ただけで、傘の位置を変えようとしない。


「ダメだよ、慎矢の傘なんだから」


 僕は少し強引に、傘の柄を持つ慎矢の手を向こう側に押しやって、そのまま慎矢の手に自分の手を重ねたまま歩く。

 二人で一緒に傘の柄を握っている状態。

 隣を歩く慎矢の顔をちらりと見上げると、分かりすぎるくらいに頬が赤い。


「ねえ、慎矢。 なんだか元気ないね?」

「…… え?そうかな。 そんな事ないけど……」


 そう言って慎矢は誤魔化してるけれど、さっきから…… というか、昼休みが終わってから明らかに態度がおかしい。

 理由は分かりきってる。


「何か…… 僕に聞きたいことがあるんじゃないの?」

「……」


 僕の質問には応えずに、慎矢はきゅっと唇を噛み締めている。


「ねえ…… 僕達…… 友達なんでしょう?」


 慎矢は声には出さずに、首を縦に振って応えた。


「じゃあ、なんでも話せる仲になりたいな。 今までそういう友達って僕にはいなかったから」


 慎矢の唇が僅かに動いた。

 何かを言おうとしてるけど、その言葉をなかなか言い出せずに、また飲み込んでしまってるように見えた。

 傘を打ち付ける雨音が、さっきよりも大きくなってきて、石畳の歩道から跳ね返る雨水で、制靴もズボンもしとどに濡れている。


「…… あのさ……」


 漸く慎矢が小さい声で言いにくそうに話し始めたのを、僕は相槌だけ打って黙って耳を傾けていた。


「…… あの3年生の…… 速水さん? と、その……」


 そこで一旦言葉を止める。

 とても言いにくそうに、慎矢は空いてる方の手でしきりに頭を掻いている。

 僕は慎矢と目が合わないように、雨に濡れる石畳を見ていた。


「…… 速水さんと…… 付き合ってるの?」


 やっと紡がれた言葉。

 それは雨音にかき消されてしまいそうな程、小さく掠れた声だった。




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