ESCAPE
04[背徳](12/45)






「へえ、学校全体が公認って訳か」


 さすがに呆れたような声が返ってきたけれど、


「だけど、皆が知ってるからって、やっても良いって話じゃないだろう?」と、続けた声は真剣だった。


 その後に、もし問題が起こった時、面倒臭いからな。 と、冗談めかして付け足したけど。

 それはきっとこの先生のポーズなのだという気がしてきた。

 そんな風に砕けた態度を見せて、生徒と目線を同じにしているという、見せかけ。


「問題なんて起きない。 だって皆、僕との事を秘密にしておきたいんだから……」

「だけどな……」と言いかける先生の膝に、そっと手を置いた。


「お説教なら聞かないよ。 …… なんなら……」


 先生と視線を絡ませながら、スラックスの内側の縫い目をなぞるように、付け根の方へゆっくりと指を滑らせていく。


「…… なんなら、先生も試してみたらどうかな」

「……」


 視線が絡んだまま、確かに危うい沈黙が流れていた。


「…… 悪いな」


 だけど、僕の手を掴み、先生はその沈黙を容易く破った。


「…… 俺、女の方が好きだし」


 別段、狼狽えることもなく、淡々とした態度でそう言って、またあの見透かすような眼差しで笑いかける。

 その態度が、余計に気に入らない。


「…… そう、良かった。 僕もアンタとなんかごめんだし」


 吐き捨てた台詞は、まるで負け惜しみみたいで自分にも嫌気がさした。

 早くこの場から立ち去りたかった。


「…… 話、終わったんなら、帰ります」と、全然口を付けていないペットボトルを先生に突き返して、立ち上がった。

「―― あ、待てって!」


 僕の腕を、先生はすかさず掴んで引き止める。


「そんな話をしたかったんじゃないんだ」


 その言葉に、僕は返事の代わりに大げさに溜息をついた。


「まあ、座れって」


 言いながら先生は立ち上がって、僕の肩を両手で軽く押す。

 座るよう促され、僕はまたベンチへすとんと腰を降ろした。


「あのな、だから…… 君は速水くんと距離を置きたいと思っているんだろ?」


 その言葉に、僕は逸らしたままだった視線を、思わず先生へ戻した。


「…… 朝は今までのように俺がなるべく同じ電車に乗るからいいとして…… 帰りなんだけどね」


 僕が漸く目を合わせたからか、先生は満足そうに微笑んだ。

 でも、その後に続いた言葉は、僕が思いもよらない内容だった。


「君、もしかして、絵を描くのが好きなんじゃないか?」




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