ESCAPE
04[背徳](11/45)





 ネクタイをキュッと締めて、Vゾーンを綺麗に整えると「身だしなみは、きちんとしないとね」と言って、先生は僕に視線を合わせた。

 そして僕の頬にかかった髪をそっと指先で払いながら、「髪も少し伸び過ぎじゃないかな」と言う。

 その眼差しは、咎めるようなものではなくて、意外にも優しいことに少し戸惑いを覚える。

 だけど…… 僕はその手を払い退けた。

「…… それも担任として…… 注意してるんですよね?」と、皮肉を込めて問えば、「そりゃ、そうだよ」と、予想通りの答えが返ってきた。

 いつだってそう。 生徒は全員同じ方向を向いて、綺麗に整列していないといけないから。


「僕のように横道にすぐに逸れてしまう生徒を正すのが、担任の役目なんですよね?」


 僕の言葉に、先生は口元を緩ませて小さく笑い声を漏らした。


「何が可笑しいの?」

「いや、だって、俺はそんなに偉い人間じゃないからさ」


(―― ああ、そうか……)


「じゃあ、受け持ちの生徒が何か問題を起こしたら自分の責任になるから、それを心配してるんですよね」

「まぁ、そういうこと。 ただ面倒臭いだけだよ」


 本気で生徒のことを心配する先生なんているはずがない。 皆、自分のことだけ守りたいに決まってる。 でも、僕はそれを間違いだと思わない。


「正直ですね。 教師のわりに」


 僕がそう言うと、先生は「そうかな」と言って、笑みを零す。

 こんな風に接してくる教師は初めてかもしれないと、変な新鮮さを感じていた。 だから良い先生だという訳ではないけれど。


「…… ところで」


 先生は僕の方へ向き直り、急に真剣な表情で僕を見つめた。 なんだかちょっと普通の教師に戻ったみたいだ。


「明日から、どうするんだ? もう速水くんとは一緒に登下校しないつもりなのかな」


 ―― 明日から、凌と……。


「……」


 考えていない。 凌のことは嫌いじゃないけど、あの束縛からは逃れたい。

 一緒に居るのは嫌じゃないけど、もう身体を繋げることはしたくない。 終わりにしたいと言うのが本音。

 でも……、


「先生には、関係ない」

「…… まあ、そうなんだけどね。 俺としては、君が学校内や駅のトイレでふしだらな行為をしなければ、それで良いんだけど」


 ―― そっか、この人は始業式の日に、電車の中で僕が痴漢に触られていたのを見ていたし、凌と僕が屋上で何をしていたのかも知っていたっけ。


「そんなこと、今更だよ」


 僕があの学校に入学してから、関係したのは何も凌だけじゃないんだから。


「先生はこの学校に来たばかりだから知らないんだろうけど、そんな事もう学校中の皆、知ってる」


 校長だって、教頭だって、生活指導の先生だって、知ってることだった。





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