ESCAPE
03[欺瞞](10/44)




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 あの年の夏はいつもの年よりも暑くて、テレビを点ければ『猛暑』という言葉を、しばしば耳にした。

 僕の家は、北側にある大きな窓を開けると、南側の窓へ冷たい空気が流れて風通しが良い。

 庭に面した和室で寝そべると、冷房の効いた部屋にいるよりは気持ち良く過ごせた。

 照りつける太陽を部屋の中から眺めていると、外になんか出たくないなぁって思ってしまう。

 でも、外に出るのを諦めるくらいの暑さが、あの頃の僕にはちょうど良かった。

 ―― 誰にも会いたくなかったから。

 あの日から、僕の世界は父さんしかいなかった。 僕を救ってくれるのも、苛むのも、この世でただ一人。

 この人に愛されたい。 この人にとっても、僕が唯一無二の存在でありたいと願っていた。

 夏休みに入ってから、タキさんは休暇でずっと家に来なかった。

 もしかしたら、父さんが僕と二人きりで過ごすために、休暇をあげたのかもしれないなんて、僕は自分に都合よく考えたりしていた。

 タキさんの代わりに、慣れない手つきで食事の支度をする父さんの横で、僕も一生懸命に料理の本を見ながら手伝った。

 初めて作った味噌汁は、味噌を入れ過ぎて辛かったけど。

 それでも、そんなことでさえ、僕は幸せを感じることができた。


 ―― 父さんは僕を愛してくれているんだと。


 朝食の後、午前中はずっと書斎に篭って仕事をしていた。

 夕方頃になると、僕が寝そべっている和室にやってきて、僕の隣に横たわり、そのまま少し眠る時もあった。

 あの日から僕はずっと、夜は父さんの寝室で眠るようになった。

 入浴を済ませて、書斎のドアから廊下に漏れる灯りの前を通り過ぎ、その隣の寝室に入って、ベッドに潜り目を閉じる。

 父さんの匂いがするシーツに顔を埋めると、心が落ち着いてすぐに深い眠りに落ちる。

 時々夢の中で、父さんにキスをされる。

 唇で、舌で、繊細な指先で、身体を愛撫されて、僕は薄っすらと目を開ける。

 体内が熱くて熱くて仕方ないがないのに、すごく心地よくて幸せで。

 夢うつつに聞こえた気がする。


『愛してる』


 そんな時は、名前を呼んであげるんだ。


『武志さん…』


 僕も…… 愛してるよ。



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