心臓に消えない痣を
[1](1/4)
*
母が死んだ。まだ四十にもならなかった。
魔物のように美しい人だった。
私はその美しい人が人間だなんて思えなくて、
白くて脆い骨だけになったのがママだと言われて初めて、
あぁ、ママも人間だったんだ。なんて思ったんだ。
妹の都(みやこ)の瞳からほろほろと溢れる涙を拭ってやる。
私は泣けなかった。美しかった母が、わたしたちを本当に愛してくれていたのか、
今となっては分からない。
「都。・・・ちょっとだけあっちの部屋でいい子、できる?」
まだ小さい妹の視線に合わせ、頭を撫でてやりながらそう尋ねると
まだ粒の乗った瞳で、都はこくりと頷いた。
こんな時でも愚図ることなく言うことを聞いてくれる。この子は本当に良い子だ。歳の離れた妹に思う。
遠くで向こうの扉が閉まった音を聞いてから、私は目の前の男に向き直った。
「確かに、妹には聞かせたくない話だね。
・・・野菊」
母の恋人だったと名乗る、
明郷(あけさと)という男が。
金銭借用証明書。という紙を携えて、わたし達三人・・・二人の家にやって来たのは、
母の葬式が終わってすぐのことだった。
- 2 -
前n[*]|[#]次n
⇒しおり挿入
[編集]
[←戻る]