[六章・見たい夢も見れない](1/100)
扉を開けるといつも、やたらめったらでかい寝台の上で、あいつは本を読んでいる。
俺が呼ぶと、本から顔を上げて笑う。
俺は大体ひとりで、時々あいつの父ちゃんの腕を引いて、親父か、あいつの兄貴か、おっちゃんの部下たちにキレられながらあいつを訪ねた。
そんで、やたら広いあいつの寝台に、花とか果物とか虫とかをばらまくんだ。寒冷期には、雪を溶けないように『固定』して持って行きもした――あいつは大はしゃぎして、次の日熱でぶっ倒れて、俺は親父にこれ以上ないほど叱られた。あいつの兄貴には殴られた。因みに殴り返してボコボコにしてやったら、親父に更に叱られた。おっちゃんには「ほどほどにね」って言われたくらいだったのに。あいつの兄貴には、あいつが治っても暫くの間大人げなく無視られて、腹が立ったから足引っ掛けてすっ転ばせたら、鬼の形相で追いかけ回された。
あいつが怒ったところを見たことはない。
何で布団を汚そうが、怒りもせず本を閉じて、寧ろ目を輝かせて、「これはなに?」とか「今度はどこに行ったの?」とか訊いてくる。俺はそれに答えてやりながら、いくらか脚色した自慢話をベラベラとしまくった。
あいつはいつも、うんうんと頷いて、きらきらひかる目で、そんなもんをたいそう大事そうに聞いていた。そしていつも、最後にはこう言うんだ。
「巴はすごいね」
って。
そうあいつが言うから
俺は、
「■■■■■■が■■■なっ■ら、■■■■に■■■■■■」
俺は、そう言って、
あいつは、
あいつはどんなかおで、わらってたんだろう。
ほんとうは、どんな顔で、俺を見てたんだろう。
だって俺が最期に見たのは、あいつの、
呼んだのに。
なんでって、訊いたのに。
俺は、いつだって、あいつに答えたのに。
あいつは、最期まで、振り返りやしなかったんだ。
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