[四章:欲の坩堝に華を挿す](1/212)
自分は『正義』なのだと思っていた。
周りの人間がみんな、私たちを『正義』なのだと言っていたから。
『正しい』ことをしているのだと言っていたから。
『世界の歪み』を正す自分たちが、誇らしかった。
多くの人は、私が『世界の歪み』を正しにいくと喜んで、感謝した。
だけど一部の人は拒むのだ。歪んでいない人たちなのに、『世界の歪み』を正すことを拒絶する。
それは『悪』なのだと教わっていた。
『正義』は『悪』に屈してはいけないのだから、私は負けずに『世界の歪み』を正し続けた。
でもそれが続くと、わからなくなった。
だって人がましいのだ。『世界の歪み』は。
歪んでいない人たち同士がそうするように、『世界の歪み』と歪んでいない人も、お互いを護ろうと必死だった。
『世界の歪み』は悲痛な声を上げて、歪んでいない人は私を糾弾した。
まるで私が悪者みたい。
私は、『正義』だ。
私たちは『正しい』ことをしているのだ。
……本当に、そうなのだろうか。
私たちは『正しい』と、私たちがそう言っているだけなんじゃないだろうか。
『正義』ってなんだろう。
『悪』ってなんだろう。
何が『正しい』ことで、何が『間違っている』のだろう。
ぐるぐるぐるぐる考える。
答えが出ないまま、『世界の歪み』を探しに行って。
そうして彼と出会った。
「おねえさん、どうしたの?具合悪いの?」
彼と出会って、余計にわからなくなった。
否。
彼と出会って、わかったのだ。
「旅人さんなの?……悪いけど、この村には宿とかなくてさ。村長の家……は、今ごちゃごちゃしてるしなぁ」
私たちは『正義』じゃなかった。
私は『正しい』ことなんてしていなかった。
「俺の家……来る?部屋は余ってるんだ。あ、勿論嫌なら嫌でいいけどっ……でも遠慮だったらしなくていいよ。『一日にひとつはひとに親切にしなさい』って、かあさんが言ってたから。今日の分はおねえさんに、なんてな」
だってこんなに優しい子を、なんで『悪』だって言えるんだろう。
私が『悪』だと切り捨ててきたひとたちの、どれだけがこんなに優しかったんだろう。
「嫌なら別の家に……うーん、どこなら空いてたっけ。ハルの家は……。……あれ?おねえさんどうしたの?……えっ、ちょっ、どうしたの!?どっか痛いのか!?」
優しくしないで。自己嫌悪で死にたくなる。
だから私は、『正義』であることをやめた。
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