神様の巫女
[第7章 彼女の目的](1/9)





鹿目が壁を大破して秋花を迎えにやって来た。
犬耳と尻尾が生えた、あの時と同じ美しい神の姿をして……そしてその姿には見合わない、刃毀れが激しい古い斧を肩に担いで。





「鹿目様……





「やはり衣通姫だったのか。久しいな! まさかお前まで下界に降りていたとはな」





まるで古い友人と話すかの如く、鹿目は学校にいる時と同じ笑ってそう言った。





「鹿目様。やっと本当の姿でお会い出来て恐悦至極にございます」






「で、俺の巫女に何か用か? 神使二人が付喪と化すとは、少々熱すぎる歓迎のようにも見えるのだが?」






先程と同じ口調、先程と同じ笑み……ここに来てから一切面に感情を露わにするわけでもなく、鹿目は淡々と彼女に向けて聞いた。


壁を大破させておいて、何事も無かったかのように笑って話す。だが、一見普通に振る舞う彼の態度に衣通姫ら3人は、これ以上ない程の恐怖を感じていた。






「それ、は……






「理由は言えぬはずは無いだろう? 態々、ここに来いと言わんばかりに神使共にこのを置いて来させたのだからなぁ」






そう言って、鹿目は袂から自身の靴箱近くに置かれていた桜の枝を衣通姫の前に差し出した。






「この桜、ソメイヨシノによく似てはいるが、花が大きく、やや淡白過ぎる色から判断して『ソトオリヒメ』で間違いない。この桜は名が指す通り貴女の代名詞だ。小細工とも言えない演出をする程に、俺に足を運ばせたかった理由はなんだ」







時間が経つにつれ、恐怖心はさらに仰がれる。震える唇をぐっと抑え、衣通姫は漸く口を開いた。







「理由は、粗方分かっていらっしゃるのでは? 貴方様が、人間なんぞを巫女にお選びになるからですよ」






すると、それを聞いて笑っていた鹿目の顔は一変。


笑みなんて物は跡形もなく消え、今度は狼のような鋭い金色の瞳で衣通姫を見つめた。そんな彼に、衣通姫は息を呑んで思わず一歩後ずさった。


衣通姫から目を離さぬまま、鹿目は秋花の上に乗っている陸助の首に、無言で手に持っている斧を当てた。






「退け。その子に触るな」






鹿目は何故か陸助の方を見ていない。噛み付こうと思えば、噛み付くことは可能だった。


だが、陸助はなんとなく分かっていた。今自分がこの神を襲えば、十中八九自分が死ぬという末路を。『隙があるようでない』上手く言葉で今の心情を表現するなら、コレが最も適切と言えるだろう。


陸助は、ゆっくりと後ろへ下がった。鹿目と斧を交互に見つめながらゆっくりと。


一定の距離を開けると、陸助は島助を引き連れ、衣通姫の背後に回った。







「衣通姫、魔でも刺したか? お前は木梨軽皇子【きなしのかるのみこ】とすでに婚約が決まっていると聞いた。あの神はかつては皇族の血筋……15年前、大病で床に臥し力が弱まった貴方にはこれ以上ない程の良縁なはず。それなのにこのような真似をして……まるで婚約を望んでいないように思えるが?」







……たかが皇族の遠縁の男と婚約するよりも、貴方の巫女になる方が価値がある。私はそう思ったまで。だから貴方が此処へ来るようにサクラ【それ】を置いたのです。私が確実に望みを叶えられるように、貴方と駆け引きをする為に」







「駆け引き?」






「お選び下さいませ、鹿目様。今此処でその女が殺されるか、私を巫女にお選びになるか」






「どうせなら、俺の命も引き換えてはどうだ?」






そう鹿目は笑った。






「現実味のない脅し文句を言ったところで、何も効果はないでしょう?」






「確かに、実に効率的だ。……反吐が出る程にな!






不意打ちに、鹿目は一気に距離を詰めて衣通姫の首を狙った。だが彼の手は彼女の首に届く事なく、彼女の飼い猫によって阻まれた。






「グルルルル……





二匹の虎は主人に害なす者を睨みつけ、威嚇した。両者互いに臨戦態勢に入り、場の空気は今にも血が飛び交いそうな程に殺伐とし始めた。






「秋花は絶対手を出すな」






「え?」






「あの女は、俺が殺る」







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