神様の巫女
[第4章 他者の愛](1/11)



 あれから、2週間の時間が経った。

 その間、学校関係者や近隣の住民にバレないように、秋花は山から鹿目の社へ引っ越した。



「お嬢。お嬢! 起きて下され!」


「うーん……


「お嬢!!」



 秋花の毎朝の目覚まし係は、菫達から龍牙の役目に変わった。ここに住み始めてから一週間が経ったが、秋花を起こすのに不慣れな龍牙はまともに彼女を起こすことができず、遅刻ギリギリ登校を繰り返していた。



「なんと強情な。全く、菫達の苦労が今になって思い知らされる」



 鹿目の社は、天野の山から学校を挟んで反対側に位置する場所にある。他の山の入り口付近に位置し、周囲に民家はなく、あるのは田んぼや畑と木々程度。学校までは歩いて15分と言ったところだ。



「おはよう、秋花」


……おはよう、ございます?」


「ハハ! 眠そう」



 朝起きて台所へ向かうと、エプロン付きの制服姿の鹿目が台所に立っていた。如何にも寝起きで目つきの悪い不機嫌な秋花を見て、彼は楽しそうに笑った。

 慣れた手付きで準備される朝ご飯とお弁当には、秋花の分も含まれていた。



「別に、私の分は作らなくて良いですよ。自分で出来ますから……というより、仮にも主人の立場の貴方が私の世話をするのはおかしいでしょう?」


「ついでだから気にしないでいいよ」


 
 秋花が巫女になった翌日、鹿目は彼女の高校に転校生という形で紛れ込んだ。案の定クラスも同じとなり、1日の大半を鹿目と過ごさざるを得ない環境となった。
 でも彼は、ここに来てから秋花に何も求めなかった。それどころか、彼女が必要とする物を与え、彼女が変わらぬ生活を過ごせるように自ら尽くした。食事を作り、弁当を作り、掃除をし、布団を干し……秋花の世話を好んでやった。いくら秋花が断っても、聞く耳を持とうとはしなかった。

 本当に、彼が彼女に求める事は何一つなかった。強いて言うなれば、一緒に学校に行き、一緒に食事をし、ちょっとした時間に学校や1日の出来事などのお喋りをする事、そして1日の予定を教える事くらいだった。



「秋花、一緒に行くよ」



 この日の朝も例外ではなかった。同じ場所へ行くのだから秋花自身もそれは別に良かった。
 しかし、鹿目は必ず秋花の準備が出来るまで先に出ようとはしなかった。

 秋花が逃げ出すと心配でもしているのか、彼は秋花が自分の目の届く所にいる事に少し拘りを見せているように見える。



「お昼っていつもどこで食べてるの?」


「人気のない所を散歩して時間を潰しています」


「食べてないのか?」


「食べる頃には土で埋もれていますから」


「ああー……なるほど」



 つまり、生徒からのいじめにより弁当はいつも食べ損ねていたのだ。



「だから私の分は作らなくていいです。食材の無駄になります」


「家族にはそれ言ってた?」


「全員、学校での私の処遇は知っています。……でも、弁当については唯一秘密にしていました。私以外には傷付いて欲しくなかったので」



 顔には出さないものの、秋花の目線が少し下を向いたのを、鹿目は見逃さなかった。
 この2週間、彼は秋花と話す際、彼女の目の動きを注視するようになった。なぜなら、彼女は普段表情を全く面に出さない分、目の動きで感情を表す癖があることに気付いたためだ。



「では私はこちらから行きますので」



 田んぼ道を歩いて約10分程度。あと少しで学校に着く前の分かれ道で、秋花は決まって鹿目とは別の道で行くように心掛けた。
 
 転校生である事に加え、神故の美貌のせいで、鹿目は早くも学校で一目置かれる立場にあった。そこへ忌み子との関係を噂でもされれば、更なる面倒事に発展するに違いなかった。



「秋花、ちょい待ち」


「何ですか?」


「食べれないんだったら、お弁当貸して」


「ああ……



 今の話を聞いたからか、鹿目は秋花からお弁当を取り上げた。



(まあ、どうせ食べれないだろうし)



秋花もそう思って、自分の分も食べるのだろうと弁当箱を渡した。



「じゃ、お昼になったら屋上来てね」


「え?」


「お弁当、一緒に食べよ。俺が持ってたら誰も取らないでしょ。決まりね」


「え、ちょ……


 有無を言わさず、鹿目はお昼の約束を勝手に取り付けて行ってしまった。
 確かに、鹿目が持っていれば誰も手を出すことはない。
 が、学校で共に過ごす時間を設ければ、その分鹿目が忌み子と懇意にしていることがバレるリスクが高くなる。登校時はもちろん、学校内でも極力接触は避け、秋花は一言も彼に話しかけない徹底ぶりだった。



「束縛神め! お弁当にかこつけてお嬢との時間を増やす魂胆か」



カバンの中で話を聞いていた龍牙が、嫉妬気味にそう呟いた。



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