ぼくの住処
◎[時、満ちて](1/5)
―ローデシアという国をご存じだろうか。
首都をソールズベリ、公用語は英語。歴史の浅く短命な国がかつてあった。
現在のジンバブエの前身となる白人だけが政治の実権を握る国家があった。
私の父の生まれた国だった。
私が幼い頃に父から伝え聞いた、他でもない父の話になる。
父は名をライアンといった。
快活な性格をした、努力家で人望の厚い青年だった。
ライアン青年は語学が堪能だった。公用語の英語の他にフランス語、ドイツ語、ギリシャ語を生活の中でなに不自由しない程度に巧みに扱った。
ライアン青年が得意の語学をさらに高めようと留学を夢見たのは、彼が25歳になった年だった。
1979年―。
その年は彼にとって、いや、ローデシア国民にとって大きな意味を持つ年だった。
何度も経由しながら長い空の旅を楽しみ日本に降り立ったライアン青年には過酷な運命が待ち受けることとなった。
ローデシア崩壊。
その一報を耳にしたとき、彼は下宿先の食堂で初めての揚げ出し豆腐を口に運んでいる最中だった。
母国であるローデシアが崩壊したとニュース速報で流れた時は目と耳を疑い、隣にたまたま居合わせた大学生にニュースを翻訳してもらった。
それでもまだ信じられなかった。
ローデシアは白人が政治を動かし、白人以外の人民を見下し差別する独裁的な国家であった。
黒人には参政権すら与えられない。
そのためライアンが国を立つ以前から憲法改正に向けた大きな取り組みが頻発するようになった。
人種差別を無くすための運動が国家単位で行われていた。
ライアン自身も黒人であったため差別反対のパレードに参加したことは何度もあった。
その運動が発端となったのか図りかねるが、それが巻き起こした事態。
それが母国の崩壊だった。
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